case_311 右手関節痛

半年前から右手関節腱鞘炎の治療を続けていますが治りません

整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもあるがどのようにマッケンジー法(MDT, Mechanical Diagnosis and Therapyとも呼ばれます)による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は半年ほど前から続いている右手関節痛で来院した50代女性のお話です。

お仕事は動き回ることも、パソコン作業もあるような職場で、比較的重いものを運んだりすることもあるようです。3年ほど前から時に両方の手首が痛くなることがあったのですが、お風呂に入ったり湿布したりしたらすぐに良くなるような感じだったので気にしていませんでした。2年前に首が痛くなり、その後右上肢にしびれと痛みがあった時期があり、整形外科で頚椎椎間板ヘルニアと診断されたことがありますが、その後、徐々に症状は改善していきました。

今年の4月から職場の配置の関係で仕事量が激増したころから右手首の痛みが強くなりました。近くの整形外科にかかり腱鞘炎と言われステロイドの注射を1回打ってもらい、市販品の手首を動かさないように支柱のついた装具を購入して装着してから少しは良かったようですが、1ヶ月ほど前から痛みが強くなり、他の整形外科にかかったところ、腱鞘炎とは別に母指CM関節症もあると言われて、腱鞘とCM関節の両方にもまた注射をしてもらいましたが、今度はほとんど効果がなかったようです。注射の効果がなかったら手術かという話をされて、手術は仕事の都合でどうしても避けたいと思っていたところ知り合いの人から勧められて来院しました。診察室にも装具を装着して入ってこられました。

包丁を使う動作やペンで字を書く、ズボンを引き上げるなどの動作で7点ほどの痛みがあります。ペットボトルの蓋も開けることができません。

装具を外していただくと、右手関節橈側を中心に軽い腫脹があるのがわかります。手首を尺側に曲げる動作は痛みのためというよりかたまったような感じで全くできません。

頚椎の可動域は伸展が軽度制限されていて後頚部に軽い痛みがあります。

右手をグーにして背屈する動作、尺屈しようとする動作でいずれも2点(考えうる最大の痛みが10点満点として)の痛みが再現されます。

単純X線検査では頚椎にはC5/6の軽度の変性、右母指CM関節にはごくわずかの変性があるものの、とても痛みの原因になるとは思えない程度の綺麗な関節です。

まずは姿勢を整えて頚椎の動きから見ていきます。

頚椎の伸展で後頚部に軽い痛みがあり軽度の可動域制限があります。他の方向へは特に問題なく動かせます。

顎を引く動作(上位頚椎の軽度屈曲と下位頚椎の軽度伸展を伴う動き)のやり方をご説明し、しっかりと10回動かした後にもう一度手首の動き具合を確認します。

佛坂
佛坂

グーを上に向けるのやってみましょうか

A子さん
A子さん

さっきよりしやすいです

先ほどよりぐっと上に向けたところで先ほどと同じくらい2点の痛みがあります。尺屈はできません。

(RET 10回 B 手関節背屈ROM↑)

今度は頚椎をしっかり伸展する運動をやってみます。すると1回目でやや強い後頚部痛があり、続けられそうでないため中止しました。

(RET+EXT P後頚部痛 5点 中止)

やり方を元に戻し、顎を引くような動作までで胸椎の伸展も意識した頚椎から胸椎の伸展を10回。

佛坂
佛坂

グーを上げるのどうでしょう?

さきほどよりさらにグーっと背屈しながら、

A子さん
A子さん

1点です!

尺屈についてはまだ動かしにくそうですが、まずは頚椎のエクササイズで経過を見ることになりました。

それから1週間後。

A子さん
A子さん

その日のうちにドライヤーも持てるようになったんです!

手関節装具を装着しないで普通に手首と指を動かして見せられるので、前回の評価内容を確認しなおしました。やはりあの装具をつけていて手首を動かしにくそうにしていたご本人です。

A子さん
A子さん

実は腰の痛いのもよくなって…帰りの車ではいつも腰に当てていたクッションがいらなかったんです

初回の診察時には右手首の痛みについての評価でしたが、以前から腰が痛かったそうで、それについても帰りの車で改善を自覚したそうです。

エクササイズの回数は1日10セットほどと、かなり頑張っていました。

現在の症状を確認すると、通常の動かし方ではもう痛みはないのですが、デスクに手をついて手関節をいっぱいまで背屈する時の2点の痛みを確認できました。

エクササイズのやり方をチェックしてみます。とても上手にしっかりと動かせていますから続けて10回。

佛坂
佛坂

さっきみたいに右手を机についてみましょうか

A子さん
A子さん

…痛みは無いですね…でも、少し突っ張るような動かしにくい感じが少しあります

(RET 10回 B)

半年ほど前から手首を固定するサポーターまで装着して生活していた手関節腱鞘炎のように見える右手関節の痛みに加え母指CM関節症もあると言われた女性のお話でしたが、皆様はどう思われたでしょうか。2回目の診察時点でまだ少しつっぱりは残りましたが、手首の問題がなくても何ヶ月にもわたり痛みが続くことでサポーターで手首を固定して動かさないでいると硬くなってしまうのは容易に想像つくかと思います。エクササイズを続けて普通に手首を動かす生活すれば改善するのは時間の問題でしょう。

一見するとドケルバン腱鞘炎など手首の腱鞘炎のように見えるけれど頚椎の運動介入で症状が改善するような病態を、私は「腱鞘炎モドキ」と呼んでいます。手首の痛みがあり手首の治療を受けているけれどもなかなか治らない…そんな時、今回のお話がご参考になれば幸いです。


腱鞘炎モドキの登場する「マッケンジー法・症例ファイル」のお話

case_65 右母指痛

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case_166 右手関節痛

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