case_240 右膝痛

2ヶ月ほど前から続いている膝の痛み

整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもあるがどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は2ヶ月ほど続いている右膝の痛みのことで来院された70代女性のお話です。

俳句づくりが趣味で、もうすぐ本を出すと言われますからかなりアクティブに活動している方です。2ヶ月ほど前にふと右膝の内側が痛いことに気づきました。その後、膝全体が痛くなり、整形外科で診てもらったところ、膝に水が溜まっていると言われたそうです。もともと腎臓が悪いため、鎮痛剤など内服のお薬は極力避けたいこともあり、内科にかかって相談し、当院へ紹介されました。

症状をお聞きすると、ふくらはぎのあたりまで少し痛いような気がすると言われます。
日常生活の中でどんなときに痛みが強くなるかというと、左に寝返りするときに右膝が痛む他、階段の上り下りなど右足を上げて膝を曲げるような動作が痛くてできないようです。

さて、動かし具合、曲げ具合などによっては痛いときは7点(考えうる最大の痛みが10点満点として)なのですが、今はあれこれと動かしていただいても何ともないようです。
なにか症状がないかと探してみると、椅子からの立ち上がりで少し右膝が重いかなというくらいの左右差はあるようです。

A子さん
A子さん

自分で見てもそんなに右が脹れてるって感じはしないんですけど、でも、張ったような感じがあるんです

まず座った状態から立ち上がるときにどんな感じだったかお尋ねします。

A子さん
A子さん

突っ張る感じで伸ばしたときに少しピリッときました

次に姿勢を整えて1分ほど保持してみます。 

佛坂
佛坂

さっきの立ち上がったときの感覚覚えてますよね?もう一度立ってどんな感じが教えて下さい

A子さん
A子さん

なんともなかったです!

(姿勢矯正保持 B?)

続けて立ったままで腰椎の可動域を確認します。いずれの方向も中等度の制限がありますが、膝の痛みは誘発されないようです。
比較的お元気な方で、現在は症状がほとんどないので、問診情報などを参考に立ったままで腰をそらしてみます。

佛坂
佛坂

足踏みしてみましょうか

A子さん
A子さん

足が上がります!さっきまで足を挙げられなかったのに…

(EIS B)

今日は痛みはさほどなく、最初のベースラインとして足の上がり方を取りそこねていたのですが、自覚的には先程までの状態と比べて明らかに足の上がり方が良くなったようです。
少なくとも続けてみる価値が高いように思われますから腰椎の伸展(EIS:Extension in Standing)を宿題にすることにしました。

A子さん
A子さん

これだけでいいんですか?

佛坂
佛坂

今日始めたばかりなのでまだ確定ではないのですが、おそらくこのまま良くなっていくでしょうね

A子さん
A子さん

この体操なら自分でできそうです!

それから4日後。

朝起きたときに少しだけ痛いけど、もうほとんど良くなってしまい、階段も普通に上り下りできるようです。

以前の膝をかばって歩いていた頃を知っている人はあまりに早く歩き方が良くなっているのに驚いているとのこと。

エクササイズのやり方などチェックしましたが、とても良くできていて、これからはずっと続けようと積極的ですから、もう卒業でよいでしょう。

膝に水が溜まるというお話はよく耳にしますね。
この方も一時膝に水が溜まったのは事実だとは思うのですが、マッケンジー法により評価した結果は腰椎の伸展で良くなるタイプの膝の痛みでした。

たまたま治りかけの時期に受診された可能性もあるんじゃ?…そういう声も聞かれそうです。

しかしこの方のように膝の痛みで来院され、腰椎の評価をしているうちに症状が改善してしまう人が少なくないことはこれまでにもご紹介してきた通りです。

以前にもご紹介したことがありますが、様々な四肢の症状のある369名についてマッケンジー法により評価した結果をまとめた通称EXPOSSと呼ばれている研究論文があります。これによると腰など脊椎に症状がなく、リウマチなどの炎症性疾患・外傷後の状態・筋力低下などを伴う神経疾患、術後のリハビリ期間などの患者を除く、膝の痛みのある78人を評価した結果、その20人(25.6%)が腰に関連した痛みであったようです。この手のスタディは患者のサンプルのとり方だけではなく、評価をするセラピストによっても変わりうる数字ですが、少なくとも無視できない割合であることはおわかりいただけるかと思います。

テレビや広告で紹介されていた膝に良いという健康食品を食べているけどなかなか良くならない、あるいは病院で膝の治療を受けているけど治らない膝の痛み…。そんなとき、今回のお話が参考になれば幸いです。

A study exploring the prevalence of Extremity Pain of Spinal Source(EXPOSS)
J Man Manip Ther. Sep2: 1-9. 2019

※この論文は全文無料公開されています。


マッケンジー法・症例ノート【完全版】ペーパーバック版のご紹介

一話ずつKindle版電子書籍でご紹介してきた「マッケンジー法・症例ノート」全32話を一冊の本にまとめました。

マッケンジー法で評価・治療した方々の症状が、どのような経過で改善したのかをご紹介しているブログ「マッケンジー法・症例ファイル」に掲載してきたお話の中から抜粋した32話。医学書のような難しい言い回しをできるだけ避けてマッケンジー法で使われる専門用語には欄外に解説を入れ、文字だけではお伝えするのが難しかった特殊な体の動かし方についても挿絵を入れながらまとめ直したもので、医学的知識がない一般の方にも一症例数ページで完結する短編マンガ感覚で気軽に読んでいただけると思います。

取り上げているお話では腰だけでなく、首、肩、肘、手、股、膝、足など様々な症例を取り上げておりますので、何らかの症状のある一般の方には、マッケンジー法による診療の雰囲気をお伝えできると思います。

またマッケンジー法の基本的な考え方についてもご紹介しているので、これからマッケンジー法を学んでみたい、あるいは今まさに認定資格取得を目指し講習会で学んでいるようなセラピストなどの医療関係の方々についてはこの本を通じてマッケンジー法の世界にさらに興味を持っていただけるのではないかと思います。

全32話の【完全版】では図説や表現の一部見直しを行い、日常診療でよく経験される腱鞘炎のような症状であって腱鞘炎ではない「腱鞘炎モドキ」の解説文を追加し、「あとがき」でこの本を出版するに至った私の思いなど書き加えさせていただきました。

この本が紙の本として出版されることで、これまで電子書籍ではアクセスできなかった皆様にもご覧いただけるようになりましたことを心より嬉しく思っております。この本を通して何らかの形で皆様のお役に立てましたら幸いです。

マッケンジー法・症例ノート【完全版】: 整形外科医が自ら実践するマッケンジー法