case_226 左膝痛

30年ほど前に両膝の半月板の手術を受けたことがあります

整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもあるがどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は左膝の痛みで来院した60代男性のお話です。

工場の清掃の作業を長年続けていて、最近長くしゃがんでいて立ち上がるときやしゃがむときなどに左膝に突っ張ったような痛みを覚えるようになり来院しました。

現在の症状は歩けないような痛みではないのですが、30年ほど前に両膝の半月板の手術をしたので、膝の状態がかなり悪くなっているのではないかと心配で半月板がどうなっているのか検査して調べて欲しいようです。

歩き方は見た目に問題なく、しゃがみ込みも多少しにくそうで右ほど深くはしゃがめませんが、それほどの痛みは伴わず、突っ張り感のような症状のようです。

動きを見ている限り、あまり半月板が悪いようには思えません。

かなり昔のことではありますが、関節鏡で何らかの手術を受けていて、それに加齢による変化も加わっていると考えると、MRI画像ではおそらく多少の半月板の異常は見られると思われますが、半月板だけでなく関節の変性所見などの異常所見が必ずしも痛みの原因ではないことは、すでに研究された報告もあります1)

その旨ご説明した上で、はたしてどの程度の膝の状態なのか知りたいという患者さんのご希望にある程度お答えするために単純X線写真は撮影してみることにしました。

単純X線写真では予想通り、というより予想よりもむしろ変性の少ない、一見すると40代〜50代くらいの膝のように見えます。左右の比較では多少左膝内側裂隙に狭小化がありますが、骨棘形成などなくとてもきれいな状態です。もし関節鏡で確認したらおそらく毛羽立ち程度の変性所見などはみられるでしょうが、関節の動きと疼痛などもあわせて考えると大きな損傷は無いだろうと予測できる程度です。

さて、ベースラインとして椅子からの立ち上がりで左膝の多少の突っ張り感と、しゃがみ込みをしてもらい、やはり左膝は少しかばって右ほど深くはしゃがみ込みできないようなしゃがみ方で突っ張り感があります。痛みというほどの痛みはないのですが、突っ張っている感じでしゃがみにくいようです。

まずは姿勢を矯正して1分ほど保持して、もう一度立ち上がってもらいます。

佛坂
佛坂

さっきと比べて左膝の突っ張り感どうでした?

B男さん
B男さん

さっきより少し軽いような気がします…

(姿勢矯正保持 B?)

まだ良いとは言いきれませんが、少なくとも悪くなってはいないことを確認できました。
続けて腰椎の可動域を確認します。
屈曲は中等度制限されていて、伸展は中等度〜重度の制限があります。伸展するときに腰の痛みなどは無いのですが、このような動きを何十年もしていないようです。

B男さん
B男さん

昔はブリッジみたいなことできてたんですけどね…

特に問題はないようですから、仕事での繰り返される動作と可動域などの所見を参考に伸展方向の負荷をかけてみることにします。

まずは一回、腰に手を当てながらしっかりと伸展するやりかたをご説明して問題なくできることを確認し、続けてトータル10回伸展してみます。

佛坂
佛坂

さっきしゃがんだときの突っ張り感覚えてますよね?もう一度しゃがんでみて確認してもらえますか?

B男さん
B男さん

なんかさっきよりいいみたいです

(EIS 10回 B)

良い印象なので、続けてさらに10回伸展した後にしゃがんでもらいます。

B男さん
B男さん

ウソみたい!もうほとんど突っ張り無いです!

佛坂
佛坂

手術はいらなそうですね!

(EIS 10回 abolish B)

B男さん
B男さん

よくテレビでスーパードクターとか診察してその場で患者が良くなるような番組見てますけど、そんな感じですね!宝くじにあたったみたいな気分です!

佛坂
佛坂

きっとこれまでお仕事を頑張ってこられた功労賞でしょうね

本人は膝がきっと悪くなっていて手術をしないと治らないと言われるという覚悟で来院していたようです。その後も何度かエクササイズの練習をしてはしゃがんでの繰り返しをしながら、

B男さん
B男さん

信じられん!

とその場で良くなったことに驚きが隠せないようです。
症状が消失したことを確認してもらい、初回評価を終了しました。

先にご紹介した変形性膝関節症の所見と症状とが必ずしも一致しないという報告だけではなく、他に、無症状の全米バスケットボール協会(NBA)選手のMRI画像を評価して89.3%に異常があったという報告2)や、大学バスケットボール選手の無症状の膝についてのシーズン前後での比較でも多くの異常所見が確認されたという報告3)などもあり、結局、検査画像に見いだされる異常所見は参考にはできますが、その所見が疼痛の原因であるという特定はできないというのが現在の医学の常識になっています。

一方、画像所見はともかくとして、実際に鏡視し損傷が確認され、半月板の手術を受けた症例を集めたデータを後向きに解析した研究では、治療を受けたにも関わらず正常な状態ほどには機能が回復したと感じられないことが報告されていて4)、本当に半月板の問題であって、その治療を行っても思ったほど良くならないことは多いようです。

しかし、この方のように、膝の半月板損傷と思っていても、あるいは仮に症状があたかも半月板損傷の症状のように見えたとしても、膝ではなく腰への介入で症状が改善することは稀ではありません。もし、これまでに「半月板がが傷んでいるので手術したほうが良い」とか「変形は治らないから痛み止めが効かないなら手術しか無い」といった説明を受けた方がいらしたら、一度は国際マッケンジー協会認定セラピストの在籍する施設で評価を受けてみてはいかがでしょうか。


【参考文献】

1) The discordance between clinical and radiographic knee osteoarthritis: A systematic search and summary of the literature
BMC Musculoskeletal Disorders 2008, 9:116

(無料でご覧いただけます)

2) Abnormal findings on knee magnetic resonance imaging in asymptomatic NBA players.
J Knee Surg. 2008 Jan;21(1):27-33.

(無料でご覧いただけます)

3) Magnetic Resonance Imaging of Asymptomatic Knees in Collegiate Basketball Players: The Effect of One Season of Play
Clin J Sport Med  Volume 26, Number 6, November 2016

(無料でご覧いただけます)

4) Patient’s subjective knee function 3-5 years following partial meniscectomy or meniscus repair compared to a normal population: a retrospective cohort study
Alerskans S, et al. BMJ Open Sp Ex Med 2022;8:e001278.

(無料でご覧いただけます)


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