急性腰痛症（ぎっくり腰）……卒業のタイミングは？
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は急性腰痛症（ぎっくり腰）の70代女性のお話です。
70代の女性といっても、太極拳、ダーツ、グランドゴルフなどを楽しむという大変アクティビティが高い方です。家庭菜園もあり、日頃から草取りもしています。
さて、昨日は通常よりやや長い3時間ほど草取りをしました。その時はなんともなかったのですが、入浴後に腰痛を覚え、今朝腰痛がひどくなっていたため来院しました。
立ち上がりや前かがみなどで腰の左側が痛みます。立位や動いているときのほうが少し良いようです。
単純Ｘ線検査では年齢相応の変性所見はありますが、メカニカルな評価が禁忌となるような重篤な病理の所見はありません。
座位姿勢は一般的な同年代の方より良いです。この状態での左腰の痛みは5点（考えうる最大の痛みが10点満点として）です。
さらに姿勢矯正保持を行ったところ、明らかに痛みが強くなりますが、戻ったら症状は元のレベルにもどります。（姿勢矯正保持 I-NW）
立っていただき、痛みの具合を伺うと、わずかに良くて4点。
腰椎の可動域をみると、通常の腰が痛くないときには屈曲（前かがみ）すると手が床につくくらいなのですが、今は重度に制限されていて痛みは5点に増えます。もとに戻ると痛みは元のレベルに戻ります。（屈曲 I-NW）
伸展（腰をそらす）では疼痛は改善する感じがありますが、もとに戻ると痛みは元のレベルに戻ります。（伸展 D-NB）
見た目は特に側方への傾きはありませんが、側方に動かしてみると、右側方すべりでは痛みがはっきりと軽減し、左側方すべりではわずかに痛みが増悪しますが、いずれももとに戻ると痛みは元のレベルに戻ります。（シフトなし、RSGIS D-NB、LSGIS I-NW）
ここまでどの方向に動かしても「もとに戻ると痛みは元のレベルに戻る」でしたね。さて、どの方向から動かしてみるのが正解でしょうか？
実はこの時点では「なんとも言えない」のです。どの方向も更に繰り返し、また負荷を変えて試してみる必要があります。
姿勢矯正保持でやや悪い感じがあり、右側方すべりで症状の軽快感がありましたね。それを参考にして壁を使って体を支えて腰を横に動かす負荷を繰り返してみることにします。
評価の開始前には必ずその時点でのベースラインを確認します。立位で腰の左側に5点の痛みがあることを確認しました。
同じ動きを10回繰り返していただくと、左の腰痛は半減した感じがあるようで、しっかりと腰を横に押し込んだ状態でそのまま伸展をしていただくと今度は痛みが増えることなくかなり反ることができるようで、これを3回してもらい、再びまっすぐ立っていただくと、痛みは半減したままで保てています。（反復RSGIS w/op self 10回＋EIS 3回 5→2-3点 B）
もう一度、しっかりと同じ動きをしていただくと、さらに痛みは改善します。（反復RSGIS w/op self 10回＋EIS 3回 1-2点 B）
歩いていただくと明らかに軽快感があり、椅子からの立ち上がりがかなり楽になったと、ご本人としてはすでにかなり満足されているようです。
明日、太極拳があるのですが、行っていいですか？
どうしたいです？
やめておいたほうが良いでしょうか
私だったら行きたいんだったら行くと思いますよ。それでもしまた腰痛が悪くなったらどうしたらいいと思いますか？
（腰を横に曲げる動作をしながら）さっきの体操ですか？
そうです！もちろん休みたいならそれでもいいんですが、もし太極拳をやっていて腰痛が強くなってもそれさえ知っていれば怖くないですよね！
そして翌日。
痛みの程度は3点止まりのようです。
確認のためしっかりと側方の動きをやってみますが、これ以上の改善はありません。
そこで、今度は側方の動きをやめてまっすぐに伸展のみをやってみます。
流し台で腰を支えていただきながら伸展すること5回、徐々に痛みが軽くなる感じがあるようですが、まだはっきりしません。
今度はうつ伏せでの伸展5回、問題ないようですのでさらに負荷を上げて5回、疼痛は2点と僅かに下がったかなというレベルですが、歩行は明らかに改善しています。（EIL 5回、w/sag 5回 VAS 2点 B）
実はその人に適切な動かすべき方向が変化することは稀ではありません。このように毎回の症状の変化を確認しつつ、そのままで良いのか、負荷の強さを変える、種類を変える、あるいは方向を変えるべきなのかと微調整が続きます。
数日後のフォローアップではさらにしっかりと反らすため腰にタオルを当てたり工夫することなどの指導を追加し、初診より7日目。
ニコニコ顔でおいでになりました。
痛みはいかがです？
2点くらいはあるかも
ニコニコだったので、完全に良くなったかと思いきや、まだ痛みはあるようです。
実はもともと腰痛持ちで時にその程度の痛みはよくあることだったので現在は気にならないとおっしゃいます。
卒業する気満々なのが見て取れますので、今後も草取りなどの合間など、できるときには覚えたエクササイズをなさることをおすすめし治療終了しました。
あれっ、完治ではないのに終わっていいの？…と思われますよね。
問題ありません。痛みを完治させるのをご本人がお望みなら目指す必要があるかもしれませんね。でも、本人が「もう大丈夫」と自信を持っている時に、医療者がそれ以上の改善を押し付けるのはある意味、余計なお世話とも言えます。
マッケンジー法では患者さんの自立が最も重要と考えています。