右下肢痛があり、右腸腰筋滑液包炎との画像診断があります
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法(MDT, Mechanical Diagnosis and Therapyとも呼ばれます)による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は右下肢痛のある70代女性のお話です。
3ヶ月ほど前に、これといってきっかけもなく右大腿の付け根あたりに痛みを覚えるようになりました。その後、足の動かし方や着き方によって右下肢前面に足首あたりまでビリッと響くような痛みを覚えるようになり、筋が痛いのかなと思っていました。
右脚の向きを変える時や、寝返り打つ時にも痛みがあり、眠りが浅い状態が続いていますが、書道が趣味で正座している時にはさほど痛みは感じません。
右脚の付け根を触ってみると、少しぷくっと膨れているところがあり、気になってかかりつけの内科の先生に相談したところ、鼠径ヘルニアを疑われ、当院の外科へ紹介されました。CT、超音波検査で右大腿静脈背側に股関節に接した径2〜3cmの嚢胞様所見を認め、MRI検査の結果、腸腰筋滑液包炎との診断でしたが、さて、痛みについてはどうしたものかと整形外科での評価依頼があり受診となりました。
数日前までは歩行時に8点の痛み(考えうる最大の痛みが10点満点として)があったのですが、先日の外科受診の際に処方された鎮痛剤のカロナール(400mg)を一回だけ服用してから痛みがかなり改善して、この数日は歩けるくらいにはなりましたがまだ痛みは感じるようです。診察時点では椅子からの立ち上がりで4点の右鼠径部痛が再現できることを確認できました。
単純X線画像では強めの変性側弯を認めますが、体を動かして問題になるような所見はありません。
まずは姿勢を矯正して1分ほど保持してから立ち上がる時の痛みを確認してみます。

痛みはどうでした?

ちょっとだけいいかな、少し違う感じがします
点数は3.5と言われましたから、これは疼痛の変化という意味では有意とは言えませんが、この感じ方の違いはさらに脊椎の評価を進める根拠になります。
腰椎の可動域を確認すると、腰を横にずらす動きで4点のいつもの痛みが誘発される事が確認できました。
(左SG 中等度制限 右鼠径部痛 4点)
座ったままで胸腰椎をしっかりと伸展する動きを繰り返してみましたが、あまりはっきりとした変化はありません。
(SOC 少し改善したかも? NEと判定)
比較的お元気な方ですので、立っていただき、立った状態で腰椎をしっかり伸展する動きに対する反応をみてみることにしました。
安全のためよろめいた時にはつかまれるようにデスクを背にして立っていただき、腰椎の伸展のやり方をご説明し10回伸展していただきました。

もう一度、椅子に座って立ってみましょう

だいぶいいです!

さっきは4点でしたけど、今は?

2点くらいです
(反復EIS 10回 B 2点)
お元気な方なので、さらに同じエクササイズを続けてみます。しっかりと伸展するやりかたをご説明しながらさらに10回。

もう一度、座ってから立ってみましょう
座って立ち上がり、少し考えた風にもう一度座って立ち上がり、

大丈夫です!

大丈夫というのは、痛みは0点?

なんともないです、普通に立ち上がれました!
ご自宅でのエクササイズのやり方など説明が終わり、診察室を出て待合の方へ歩いて行かれるのを見送って、1分も経たないうちに戻って診察室のドアをノックしてみえたので、おや、忘れ物かなと思ったのですが、

歩くのも何ともないです!
とニコニコ顔で報告に見えました。
今回のお話、いかがでしたか。痛みのある部位に画像診断でみつかった鼠径部の神経血管束近くの腫瘤、大腿前面にビリッと響くような痛み方など、大腿神経の症状のようにも思えます。しかし、結果は腰椎の伸展方向のエクササイズでその場で著明に改善しました。この体操をしている間に滑液包が消えたとは考えにくいので、腰椎に関連した症状であったと結論して良いのではないでしょうか。
体のある部位に痛みがあるときに、その部位のMRI、CT、エコー、単純X線検査などの画像検査を行いなんらかの異常が見つかった場合、その異常と症状とを結びつけたくなりますね。画像診断にはそんな落とし穴があることを今回のお話からお伝えできれば幸いです。