case_300 左母指痛

左手を挟まれた後に左母指が痛くなりました

整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもあるがどのようにマッケンジー法(MDT, Mechanical Diagnosis and Therapyとも呼ばれます)による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は左母指痛のある60代女性のお話です。

1ヶ月ほど前に歩行車で歩行している家族を介助していた時のこと、転びそうになったところを支えようとして歩行車と壁の間に左手が挟まりました。その後間も無くして左手が腫れて痛いため近くの整形外科にかかって単純X線検査(レントゲン検査)を受けましたが、骨折はなく、打撲だろうとのことでリハビリ治療をすすめられました。リハビリでは手の痛いところを中心に、左母指を曲げ伸ばしするストレッチなどの施術を受けて、腫れは徐々に引いて多少は良くなったようですが、左母指の曲げ伸ばしが痛くてほとんどできません。

自分で左母指を曲げようとしていただくとIP関節の尺側とMP関節の橈側(関節の部位の解説はこちら)に5点(考えうる最大の痛みが10点満点として)の痛みがあり、思うように曲げられないことが確認できました。

左母指のあたりは右に比べて少し腫れぼったい感じがあります。

座っている姿勢は猫背です。首の辺りの症状が無いか伺っていると、

A子さん
A子さん

そういえば、手が痛くなる前に右の肩あたりが痛いことがありました

正確には肩というより首の右側あたりのようですが、その辺りが痛いと感じた時期があったようです。

姿勢を矯正して1分ほど保持してから伺います。

佛坂
佛坂

親指動かしてみましょうか

A子さん
A子さん

さっきより少しいいみたいです…

(姿勢矯正保持 B?)

少し反応がありそうですから、さらにアゴをしっかりと引いて戻す動きを10回繰り返してみます。

佛坂
佛坂

もう一回親指動かしてみましょうか

A子さん
A子さん

えっ?……痛く無いかも……動かせます!

たしかに曲げ伸ばしが最初に確認した時よりかなり良くなっているのがわかります。

何度か繰り返して曲げ伸ばししながら確かめますが、痛みはないようです。

(RET 10回 B、ROM↑)

もとは歩行車と壁との間に手が挟まってから始まった左母指痛ではありましたが、姿勢が悪い事が関係ありそうです。頚椎に関連した上肢の症状が稀ではないことなどを説明していると、

A子さん
A子さん

あいたたたっ!また親指が痛くなりました!

じっとしていたのに急に痛くなったようです。

佛坂
佛坂

最初にやったように姿勢を整えてしっかり顎を引いてみましょう

数秒ほどして、

佛坂
佛坂

今、痛みどうです?

何度か曲げ伸ばししながら、

A子さん
A子さん

今は痛くないです…不思議

ご自宅で実施するエクササイズのやり方・ポイントなどご説明し初回評価を終了しました。

手を挟んだ後にその手は腫れて痛かった時期があります。しかも、今回の痛みの部位は母指のIP尺側とMP橈側という非常に限局した範囲の痛みで、誰の目にも外傷後の痛みのように見えますし、このような場合に頚椎の関連を疑う整形外科医はまずいないでしょう。

しかし、通常の比較的軽い外傷後の症状は腫れが引くとともに徐々に痛みも良くなっていきます。ところが、時に今回ご紹介したように比較的軽い外傷後に症状がダラダラと続いている患者さんがあり、その症状が脊椎のスクリーニングを行う段階で改善してしまうことがあります。

このような病態は一般の整形外科の世界ではほとんど知られていません。

私はこのような病態を「外傷モドキ」と呼んでいて、これまでにも似たような症例をいくつかご紹介してきました。

怪我自体は大したことなかったのに、その後の症状の改善が思わしくない…。そんな時は一度お近くのマッケンジー協会認定セラピストの在籍する施設での評価を受けてみてはいかがでしょうか。今回ご紹介したような外傷モドキであれば意外な展開で症状が改善するかもしれません。


今回ご紹介した「外傷モドキ」と似たような病態で、一見すると腱鞘炎のように見える「腱鞘炎モドキ」もあります。このような病態にも解説を加えた全32話を一般の方にも読みやすいように各ページで使用されるマッケンジー法特有の表現などは別枠にイラストと解説を入れるなどして、マッケンジー法・症例ノート【完全版】ペーパーバック版もアマゾンで販売中です。ご興味のある方はご一読くださいませ。

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