陸上の部活でクラウチングのときに右足が痛みます
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は右足の痛みがあるという男子高校生のお話です。
部活は陸上部ですが、これまで脚が痛くなったことはありません。
一週間ほど前に、ふと右足に違和感を覚える事があり、その後、徐々に走るときに右足の内側に痛みが響くようになりました。その頃、捻挫などしたこともありませんし、特別思い当たるような練習のやり方が変わったこともないようです。総じて日頃の練習量もさほど多くはないようです。歩くときには体重が外側にのるような歩き方ならさほど響かないようで、痛くなってからはそうやって歩いていますが、普通に歩こうとすると右足の内側に響く感じがあります。痛みはいつも同じというわけではなく、あるタイミングでズキンと響くことがあるような痛み方です。普通に足踏みして5点(考えうる最大の痛みが10点満点として)の痛みがありますが、陸上のクラウチング(しゃがんで両手をついてスタートするときの構えの姿勢)をとると、右足の内側に7点の強い痛みが再現できます。
普段はだらりとした姿勢であぐらの地べたの生活が多いようです。
まずは椅子に座った姿勢で座った姿勢をみると、少し猫背だというのがわかります。
姿勢を矯正して1分ほど保持したあとに立ち上がって足踏みしてさっきの痛みと比べてもらいます。
少しいいかな…
あまり変化はないようですが、少なくとも悪くはないようです。
腰椎の可動域を確認するといずれの方向もとても柔らかく、正常といえます。
若くて陸上をやるような身体能力をもってますから、そのままたった状態で腰椎をしっかりと伸展してみて、特に問題がないことを確認しながらトータル10回やってみます。
足踏みの感じどうかな?
さっきと同じくらいです
(EIS 10回 NE)
今度はうつ伏せになってもらい、腰椎の伸展を10回、負荷を強めたやりかたでやってみます。
もう一回立って足踏みして痛みがどんな感じか教えてくれる?
あまり変わらない感じです
(EIL w/sag 10回 NE)
伸展の具合をみていると、体がとても柔らかいので先程立ってやっていたときより伸展できていないようにも見えますので、もう一度、たった状態で伸展してみると、やはりこちらのほうがしっかりと伸展できそうです。
立ったままでの腰椎の伸展を10回やってからもう一度足踏みの痛みを確認します。
少しいいかな
クラウチングの構えもやってもらうと、
あっ、やっぱり痛いです
あまり変わりません。
(EIS 10回 NE)
先程の腰椎の可動域をみているときに、いずれも制限なしでよく動かせるのですが、伸展がものすごく柔らかいのに比べると屈曲が普通な感じがしたのを参考に、今度は椅子に座った状態で腰椎の屈曲を試してみることにします。
やり方を説明して、しっかりと10回。
足踏みとクラウチングを確認してみます。
クラウチングの7点の痛みが5点くらいかなという程度であまり大きな変化はないようです。
もう10回繰り返してみましたが、それ以上の変化はありません。
(FISit 10回+10回 NE)
この屈曲の動きをみていて、一見するとそれなりに屈曲できているようにも見えるのですが、胸椎が主に丸まっていて、股関節をしっかりと屈曲して曲がっているので、腰椎はどちらかというとあまり丸まらずに平らに見えます。
初回の脊椎の評価としてはまだ大した変化は見られないのですが、伸展の柔らかさに比べると屈曲があまり出来ていないように思われます。
そこで、初回評価はここまでとして、座位での屈曲エクササイズを宿題にして翌日の状態でその先どうするか決めることにしました。
翌朝。
少しいいようです。
昨日は診察後、お約束どおり頻繁に屈曲エクササイズをやっていたようですが、昨日寝るまではさほど変化を感じませんでした。
ところが、今朝起きて歩いてみたら痛みがだいぶ減っていることに気づいたようです。
いつも朝が一番悪い感じだったようで、自覚的にも良くなっていると言えそうです。
現在の症状をチェックしてみます。
クラウチングの姿勢が一番はっきりしているのでこの姿勢での痛みを見ると、今は3点くらいです。昨日は7点の痛みでしたからかなり改善していると言えます。
エクササイズのやりかたを確認します。
しっかりと曲げられるのですが、昨日気になった腰がやや平坦な印象はまだそのままです。
腰に意識を集中して腰を丸めるような曲げ方を指導して10回。クラウチングをやってみます。
痛みはどう?
だいぶいいです
股関節が柔らかいので股関節の屈曲がメインになるように見えるので、座位のままで骨盤を後傾して腰椎を屈曲する動かし方を指導してみます。
腰が曲がってる感じするかな?
はい!
このやり方で10回終わってから、もう一度クラウチングをやってみます。
痛みはどう?
今は、ジーンとするだけです
痛くない?
痛くないです
どうやら動かすべき方向は見えましたね。
今回は陸上部の足の内側の痛みでちょと整形外科的な知識のある医療関係者であれば、中足骨疲労骨折などの診断名が浮かぶのではないでしょうか。しかし、この男子高校生の話では特に捻ったわけでもなく、さほど練習が過酷だったわけでもなく、違和感からだんだんと痛みが強くなったということでした。もちろん、疲労骨折はあまり前駆症状なく起こることもまれにはありますが、右足の痛みは足に触ることすらなく腰椎の屈曲エクササイズで改善したのですから、足について単純X線撮影などの検査はいらないでしょう。
四肢の様々な部位の痛みについてマッケンジー法により評価して脊椎に関連した症状がどの程度の割合であったのかを報告したEXPOSSという研究があり以前にも何度か引用してご紹介したことがあります。この報告によると、足・足首の痛みがあった48例中14例(29.2%)が足・足首の局所の問題ではなく脊椎に関連した症状であったそうです。ちょうど今回のお話でご紹介した高校生がまさにこのグループに入るのでしょう。
足が痛くてレントゲンで何もないと言われ、痛くなくなるまで安静にするようにと言われた……そんなお話よく耳にしますね。本当に安静にすべき病態であるか、それとも体の動かし方によって良くなる症状なのか。
それはマッケンジー法(MDT:Mechanical Diagnosis and Therapyとも呼ばれます)により実際に体を動かして評価してみないとなんとも言えないのです。
【参考文献】
※この論文は無料公開されています。
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マッケンジー法・症例ファイルでご紹介してきた様々な症例の中から32話を選び、医学書のような難しい表現をできるだけ避け、雑誌やマンガ本を読む感覚でお気軽にマッケンジー法の世界を知っていただける本です。マッケンジー法を活用しているセラピストの皆さんにはもちろんのこと、一般の方にも読みやすいように各ページで使用されるマッケンジー法特有の表現などは別枠にイラストと解説を入れるなどして、用語の意味を同じページで確認して読み進められるような内容になっています。
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