長く歩いていると左膝が痛くなりますが普段は痛くありません
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は左膝の痛みで来院された60代男性のお話です。
山登りがお好きで、比較的よくあちこちの山に登っているそうです。以前から山登りの時など長く歩くときに多少左膝の痛みを意識することがありました。1年ほど前に草刈り中に草刈機で左膝の膝蓋靭帯部を怪我して、3ヶ月ほど安静にして怪我した部分は治ったようです。今年に入って山登りをぼちぼち再開したのですが、長く歩くと左膝が痛くなり、歩けば歩くほど痛みは強くなるようで、膝の怪我と関係があるのではないかと思って来院されました。とはいえ、左膝の症状はいつもあるわけではなく、診察時点では何とも無い状態です。
左膝の痛みは2〜3時間の歩行で2点(考えうる最大の痛みが10点満点として)、6時間で6点、8時間で8点の痛みと、長く歩くと必ず痛みが出て、しかも歩けば歩くほど悪くなるそうです。
左膝には、ちょうど膝蓋靭帯の部分に瘢痕(はんこん:傷跡のこと)も残っていますが、局所の痛みは現時点ではありません。
単純X線検査では腰椎には加齢による変性所見がありますが、左膝についてはむしろ非常にきれいに保たれています。膝蓋骨(しつがいこつ:お皿の骨)の下極(かきょく:一番下のところ)にはおそらく怪我によると思われる変形があります。
怪我した膝の症状ですが、マッケンジー法ではやはり腰椎から評価を開始します。
姿勢はとても悪く、猫背です。
姿勢を矯正して保持するように指示すると姿勢を保持することはできます。1分ほどしても特に影響はありません。
腰椎、左膝とも可動域など特に問題なく、もちろん左膝に症状がでる動きもありません。
自宅ではソファにだらりと座ったりごろりとする生活パターンで、生活状況をふまえて立ったまま腰椎の伸展をしてみますが、これも全く影響なしです。
基本的にベースラインとなる症状がはっきりしている時はその変化を見るとよいので評価がしやすいのですが、このように、診察室では症状の再現が出来ない状況の場合はどのように評価を進めるのでしょうか。
このような場合は最も症状を改善できそうな方向を選んで宿題をだします。今回は生活習慣などもふまえて伸展方向のエクササイズを診察室でやっていただき、問題のないことを確認して持ち帰っていただくことにしました。数日後に3時間ほど歩く予定があるとのことで、それまでしっかりとエクササイズを実施していただき、3時間歩いて何点くらいの痛みが出るのかを確認してもらうことにしました。
それから4日後。
予定通り、3時間ほどの山登りをした結果は……膝の痛みは全く無かったそうです!
エクササイズは毎日10回/セットで10セットくらい出来たそうなので、かなり優秀ですね!
さらに次の週末、九重山に行くとのことで、更に長い時間歩いてどうなるのかをご報告いただくことにします。
それから11日後。初診から15日目になります。
先日の予定通り九重山に登り、6時間ほどの山登りをしました。膝の痛みはといえば……すごく小さな範囲で少しだけピリピリするかなと言う程度しかなかったようです。
もちろんエクササイズは今も毎日10回/セットで5セットくらい続けていますが、再度エクササイズをどのように実施しているのかをチェックします。基本的に良く出来ていますが、しっかりと効かせるポイントを再度お話しました。
それでは卒業にしましょうかね…
卒業試験をしてみます。
もしまた痛くなったらどうします?
それは…またここに来ます!
それではまだ卒業できませんね…
え?
また痛くなったら、まずはエクササイズがちゃんと出来ていたか、出来ていたと思うときはしっかりと出来ていたかをチェックしてください。ほとんどの人はそれだけで解決します。もしそれでもだめなときにはまた来てくださいね!
一般的には受診された時に無症状の患者さんを診察するのはとても大変なことです。その時に存在しない症状に対して、どのようにアプローチするのか……。
このような時、詳細な病歴の聴取が有効であることは言うまでもありません。いつ頃からどのような症状があるかだけでは十分とは言えません。どのような時に痛くなるのか、その痛みの程度・場所は変化するのかといった情報に加えて、日常生活の様子についても詳細に伺うことが重要です。このような情報の中に症状を改善させるための大きなヒントが隠されていることが少なくないのです。