腰部脊柱管狭窄症と診断された事があり、腰痛と右下腿の痛みが続いています
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は数ヶ月前から腰痛、右下肢痛が続いているという60代女性のお話です。
8年ほど前に右下肢がしびれて脳梗塞かと思ってある大きな病院にかかったところ、腰部脊柱管狭窄症との診断を受けました。
その後はさほど生活に困るほどの症状はなかったのですが、お正月に孫守りなどで忙しく動いた時期の後くらいから、腰痛、右下腿痛を覚えるようになりました。お近くの整形外科でセレコックス100mg、リリカ75mgをそれぞれ2T2☓(リリカはその後さらに夜に25mg追加され100mg)、オパルモン5μg 3T3☓などすでに数ヶ月処方されていたのですが、一向に良くなる気配がありません。昨日は夜寝るときに右下腿の痛みが強く、塗り薬を塗って休んだら夜は問題なく寝ることができ、朝には軽くなっていたのですが、今後どうなっていくのか心配で来院されました。とても心配性の方で、車を運転していてももし右足が痛くなって動かなくなったらと不安で長時間の運転は避けているようです。
腰椎の単純X線検査ではL4/5に腰椎変性すべり変形がみられますが、動かして問題になるような病変はありません。
姿勢を整えて保持してみますが特に変化はありません。
(姿勢矯正保持 NE)
腰椎の可動域を確認するといずれの方向も中等度に制限されていて、どの方向に動かしても3点(考えうる最大の痛みが10点満点として)の痛みがあります。
座った状態でゆっくり腰を曲げる動きをすると右足首あたりに痛みが出ますが、戻るとその痛みは消えます。
(FISit 右足首 P-NW)
家でもいろいろストレッチを自分でやってるんですよ
そこで、いつもやっているというストレッチをしてもらうことにします。
ストレッチの一つに仰向けに寝た状態で、膝を伸ばしたまま反対側にクロスさせて腰を捻るようなストレッチがありました。
右膝を伸ばした状態で左側にクロスさせて、下半身を左にひねるような動きをすると右下腿の痛みが強くなりますが、戻るともとと同じ程度になります。
(RROT I-NW)
反対に、左膝を伸ばした状態で右側にクロスさせると、先程の右下腿の痛みが若干軽くなるようですが、戻るともとと同じ程度になります。
(LROT D-NB)
仰臥位で腰椎の回旋を行うときには、脚を空中に浮かせながら腰をひねるのは大変なので、通常は膝を曲げて足をついた状態で行うことが多いので、この通常の方法で膝を右側に倒してみます。
これは痛いですね……
戻ると悪くなってはいません。
(通常の両膝曲げたLROT I-NW)
もう一度、左膝を伸ばして足先を右側にもってくると、やはり右下腿の痛みは軽くなります。
1分ほど続けると、続けている間は症状は軽くなっていましたが、もとに戻るとまた痛みがもとに戻りました。
(LROT持続 D-NB)
まだ情報は少ないのですが、この動きだけが症状が少し軽くなる動きでしたので、続けてみる価値ありと判断します。
できるだけこのエクササイズだけをやるという宿題にしました。
また、セレコックス、オパルモン、リリカなどの内服薬についてはすでに処方が切れていて飲んでいない状態ですが、飲んでも飲まなくても全く症状が変わらないとのことですから、相談の上、処方はあえて継続せずにやめてみることにしました。
その翌日。
昨日、家に帰ってから5セットできたそうですが、お風呂上がりに右足先にしびれた感じがあり、それ以後は怖くなって体操をやめて様子を見たそうです。
しかし、痛み止めは昨夜も飲まずに寝たのですが、寝ているときに痛みはありませんでした。
現在の状態は昨日とさほど変わらないようです。
腰痛が2点、右下腿外側の痛みが3点といった感じです。
エクササイズのチェックをします。
しっかりと左脚を右側にもってきて足先が床につくくらいにいっぱいに曲げて保持するのを1分、休憩を入れてさらに1分。
今の腰と右ふくらはぎはどんな感じですか
今は……痛くないかも
(LROT持続 1分 ☓2回 B)
座っていただき確認します。
さっきより軽くなっているような気がします
今回は効果の持続が確認できましたので、同じエクササイズを続けていただくことにしました。
それから2日後、初診から3日後になります。
昨日も今日も忙しく今日は2セットしかできていません。
昨日は午前中正座が多く、その後、車を運転していて右下腿の痛みがでてきたので、夜は正座をしたらまた悪いんじゃないかと思って正座しなかったそうです。
もし私だったら、昨日右脚が痛くなったときにどうしたと思います?
?
私だったら宿題のエクササイズをやってみたでしょうね…。痛くなったときは、本当にそのエクササイズがいいのか悪いのかはっきりさせる絶好のタイミングなんですよ
一般的に、痛いときに「何もしないでじっとしている」という対応をする人が多いのではないでしょうか。今はどう動かしたら痛みが軽減しそうかという方向性は見えています。
もし仮にエクササイズでよくなったら、今度脚が痛くなっても、そうだ、帰ってから体操したら大丈夫!と思えるから安心でしょ?
それから5日後、初診から8日後。
もう2日前くらいから右下腿の痛みはなくなったそうです。
エクササイズの実施状況は日によって多少多い少ないはありますが、習慣化できつつあるようです。
今は腰の右側の痛みが2点のみです。
エクササイズをチェックします。
1分を3回、自宅でやっているのと同じようにやってもらいます。
いま腰の痛みどうですか?
今は……無いですね!
それじゃ、今はなんともないですか?
今は……ないです
痛みが無いとはっきりと言われました。
右のふくらはぎの痛みが無くなって、本当に楽になりました
最初に来られてからまだ1週間くらいでここまで良くなっているわけですから、全然大した病気じゃなかったですよね。それと、仮にまた脚が痛くなったとしても、得体が知れない痛みじゃなく、体操をしたら良くなると言うことがわかっただけで気分が楽になったでしょ?
痛みの対処法を知っているだけで気持ちがとても楽になるのです。
ゴルフをしてもいいでしょうか?
ちょっとゴルフのスイングをエアでやってみましょう
通常の右打ちのスイングです。
例えばテイクバックの動作は、いま症状が良くなる動きの反対方向ですよね……でも、私だったらやってみますね。そして、仮に悪かったときにはどの動きが悪いのかを考えてみるようにすると思います
自分の生活の動作の中になにか症状を悪くする要因があることに気づく目を持つことの大切さをお話します。
それから2週間後、初診から22日目になります。
何をしても良いと言われたので、何でもしているそうです。
以前は車で出かけるのも不安だったし、体を動かすこともしないほうが良いのじゃないかと思いがちだったんですが、先生から何でもしていいと言われて、なんでもやれるようになったのが本当に嬉しいんです
どうしたら症状が良くなるかを知っていれば、何も怖いことは無いですね!
お薬も飲まなくてよくなって、本当に良かったです
お薬やめても大丈夫でしたからね
腰部脊柱管狭窄症の診断で使われる薬はオパルモン(リマプロスト、血管拡張作用、血流増加作用、血小板凝集抑制作用のある薬)のほか、その病態に合わせて腰痛が強い場合はセレコックス(セレコキシブ、非ステロイド性消炎鎮痛剤)、末梢神経障害性疼痛を伴う場合はリリカ(プレガバリン、神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛に対する疼痛治療薬)を併用することもあります。今回も、症状に合わせて処方されたお薬だったと思われますが、実際には飲んでいるときも全く効いた感じがなかったそうで、実際、やめてしまっても痛みが強くなることはなかったようです。
そして現在、これらの薬を全てやめてしまった後でも症状はほとんど消えてしまいました。もちろん、全ての方の症状が同じように消えてしまうわけではありません。しかし、中にはエクササイズ・運動療法による介入が有効な方も多数いらっしゃいます。「痛み」の治療は、痛み止めなどの薬の前にマッケンジー法(MDT:Mechanical Diagnosis and Therapyとも呼ばれます)により評価を行い、体を動かすことによりその痛みがどう変化するのかを評価をしてみる価値があることを皆様にお伝えできれば幸いです。