case_65 右母指痛

1ヶ月ほど前から時に右母指がピーンとなって痛む…ちょっと変わった症状です

整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもあるがどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は右母指痛を主訴に来院された70代女性のお話です。

もともと手仕事がお好きで、趣味でいろいろと作られるようです。思い当たることと言えば1ヶ月ほど前に鋏を使いすぎた事くらいでしょうか、あまりはっきりとしたきっかけはありません。
あるとき、右母指がピーンとはねたようになって痛みを覚えました。以後、右母指のつけね(MP関節)あたりが痛くなり、昼間は手洗いを良くするため、夜間に湿布をしていましたが改善しません。
職場の同僚の方々からは、ばね指(引っかかり感のある屈筋腱腱鞘炎)だろうと言われました。

現在の痛みをお伺いすると、たしかに右母指MP関節のあたりに痛みがあります。
特にどのあたりかとお伺いすると、MPの掌側の方をさわりながら、このあたりが一番痛いと言われます。

実際に自分でその痛いところを左手の親指で強く押してみて、同じレベルの痛みが再現する事を確認してもらうと5点(考えうる最大の痛みが10点満点として)の痛みがあります。それなりに痛そうですね。
他にも診察用に準備しているやや重めのフライパンやパイプなどを右手で掴んでもらい、少し振ったりして痛みの出方を確認してみますが、押すときの痛みが最も強いので、これをベースラインに評価を開始します。

姿勢は少し意識して座ってもやや悪く、意識せずに座っていただくとかなりの猫背です。
実はこの方、半年ほど前に首が痛くなった事があり、その際に受診されたことがあります。
その時には頚椎の伸展方向のエクササイズでその日のうちに劇的に頚部痛が改善しました。
首の痛みを改善するために覚えられたエクササイズ…お伺いしてみたところ、やはり首の痛みが良くなった後は全くやっていませんでした。
姿勢はどうやって整えるか覚えているかをお尋ねしたところ、骨盤の起こし方、胸の持ち上げ方、顎の引き方などポイントを意外にもはっきりと覚えています。

そこでまずは姿勢矯正保持を1分ほど。

佛坂
佛坂

それじゃ、さっきの痛かったところをもう一回押してみましょうか。

A子さん
A子さん

あらっ、さっきと痛いところが違う……

佛坂
佛坂

痛みの場所が変わったってことですか?

A子さん
A子さん

そうです…今度はちょっと先の方が痛いみたい

痛む部位が変わる…このような現象はマッケンジー法の世界ではあまり珍しくありません。
このようにあるメカニカルな刺激(動かす刺激)によってはっきりとした痛みの改善は無くても痛みの部位が変わる時、マッケンジー法では比較的早期に症状が改善する「Derangement」と呼ばれる分類をあぶり出しにかかります。

さらに姿勢を矯正したまま1分。

佛坂
佛坂

さぁ、もう一回押してみましょう!

A子さん
A子さん

あれっ、今度は痛い範囲が狭まったような……

このような痛みの範囲が狭くなるような感覚というのも同じ分類でみられることのある現象ですので、方向性がさらにはっきりとしてきました。

半年ほど前に頚椎の伸展エクササイズをした際にはエクササイズをやっても問題はなかったこともわかっていましたが、それから半年ほど過ぎていますので念のため今回もレントゲン撮影は事前に行いました。メカニカルな評価(この場合は首を動かして評価する)が禁忌となるような不安定性などありません。まずは、伸展方向で評価を行います。

半年ほど前にやったエクササイズですので、もう一度ポイントを確認しながら、しっかりとまずは一回。
問題ないことを確認し、全部で5回。

佛坂
佛坂

もう一度押してみましょうか

A子さん
A子さん

あっ、だいぶいいですね!

佛坂
佛坂

今の痛みは何点くらいですか?

A子さん
A子さん

2点くらいかな

(RET+EXT w/op self 5回 B)

痛みのレベルが5点から2点にまで下がって来ましたので動かす方向性が間違っていないことを確信しつつさらに進めます。
同じ伸展運動を5回、声掛けしながらしっかりと行います。

佛坂
佛坂

さあ押してみましょうか

A子さん
A子さん

えっ、1点くらい……いや、全然、痛くないです!

どうやら今回も腱鞘炎モドキだったようです。

今回は頚椎にメカニカルな負荷を加えることで右母指の痛みの部位が変わったり、範囲が狭くなったりしました。
マッケンジー法では痛みに関連のあると思われる部位を動かしてみて、痛みの部位が変わる、あるいは痛みの範囲が変わることなども参考にしながら評価を進めます。
そしてメカニカルな刺激に対する反応を細かく確認しながら時に素早く、時に慎重に、行くべき道を選んで症状改善を目指します。