右手首の痛み、タオルの絞り方で痛かったり痛くなかったり?
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は糸島名物かき小屋で働いておられる60代女性のお話です。
思い当たることはといえば、2ヶ月ほど前に畑を耕す作業をした事くらいですが、その時から痛かったわけではありません。それから2週間ほどした頃から雑巾絞りのような動作で右手関節尺側(手首の小指側)に痛みを覚えるようになりました。かき小屋のお仕事では2kgほどの荷物を右手で抱えて運んだりするのですが、この時には痛みはありません。タオルを絞る時も絞り方で痛かったり痛くなかったりで、右手掌を上向きにして前腕を回外するようにタオルを絞ると右手関節の尺側が痛いのですが、同じタオルを絞るのでも右手掌を外側に向けて前腕を回内するように絞っても痛くありません。
日常的にテレビは比較的長く見る方で、一日4〜5時間はソファに座るか、床でソファにもたれて見るそうです。
ここを聞き出した時にビーンとくる方も多いかもしれませんが、決めつけは禁物です。
といいつつも、やはり疑ってはいますので、単純X線写真は右手関節に加えて頚椎も撮影して確認します。
第5・6頚椎に変性と軽度の不安定性を認めますが、メカニカルな評価が禁忌となるほどのものではありません。
さて、ベースラインを設定するためにタオル絞り動作を実際にやっていただきます。
確かにぐ〜っと絞りきったあたりで右手関節尺側に5点(考えうる最大の痛みが10点満点として)の疼痛があります。
もう一度同じ絞り方をしてもらい、二回目も同じように痛みが出ることを確認しました。
痛みの部位は尺側手根屈筋腱付着部周囲(右手関節の小指側)にあり、この部位を押すと多少痛みがあります。
拳を作っていただき、抵抗して手関節を屈曲あるいは回外していただくと先程と同じ手関節尺側に3点の痛みがあることを確認できました。
ここまで来ると、尺側手根屈筋腱の腱付着部周囲の評価をさらに進めたくなるかもしれませんが、マッケンジー法では…そう、頚椎からですね!
姿勢をみると、頭が前に出た悪い姿勢であることがわかります。
(Protruded head +)
まずは姿勢を矯正して保持すること1分。
さきほどのタオル絞りをやってみましょうか
(タオルを絞る動作をしながら)あっ、痛くないです…
もっとしっかり絞ってみて
あっ、少しだけ痛いですね
何点くらいですか?
1点くらいです
こうなるともう頚椎の評価を徹底しない理由はないですね。
頚椎の可動域検査ではいずれの方向でも制限なく、右手関節にはなんら影響はありません。
比較的お元気でメカニカルな評価が禁忌となるようなレッドフラグの無い方ですので、最初から負荷を強めにしっかりと伸展方向に動かす動かし方をご説明し、まずは1回。ただしこの頚椎の動きで気分が悪くなる方もいらっしゃいますので、最初の一回は特に注意して患者さんの様子をモニタリングしながら行います。特に問題ないことを確認してさらに4回……。
さあ、もう1回、思いっきりタオルを絞ってみましょう!
(思いっきりしぼりながら)…痛くないです!
ゼロですか?
はい、全然痛くないです!
日常生活ではソファによく座るとのことでしたが、その代わりに椅子に座れないこともないようですので、エクササイズに加え椅子の座り方などもあわせてご説明し、初回セッションを終了しました。
過去に整形外科の病院やクリニックにかかったことがある患者さんの中には「こんなに話を聞いてもらえたのは初めて」と言う方もいらっしゃいます。
以前お話したことがありますが、マッケンジー法を実践するようになってからは、とくに医療面接を丁寧にするように心がけています。それは日常生活の様子や症状の出る動作やタイミングなどに問題解決のヒントが隠されていることが少なくないからです。今回も単に「タオルを絞る時に痛い」という情報を聴取するにとどまらず、さらに詳しく伺いました。その結果、その絞り方で症状が変わることや、比較的重いものを抱えても症状が出ないこともあるなどの情報が得られましたが、私に限らずマッケンジー法を実践しているセラピストの皆さんはこのあたりの情報でピンときたと思います。このように医療面接でお伺いする情報には、そこから先どこに重きをおいて、何を狙って検査を進めていくかという方向性を決めるためのヒントが隠されています。マッケンジー法による評価と治療ではお話が長いことが多いのには、このような理由もあるのです。