お薬、マッサージなどの治療で改善しなかった腰痛と左膝の痛み
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は腰の左側と左膝の痛みを主訴に来院された70代後半の女性のお話です。
10日ほど前の朝から誘因無く腰の調子が悪い感じがあり、その日、1時間ほど外で立ちっぱなしでいた後から腰の左側から左膝にかけての痛みを覚えました。翌日、近くの整形外科に行って鎮痛剤などの処方を受け、治らなかったらMRI検査をと言われていたのですが、痛みが強いためご自分の判断で整骨院に行きました。そちらでしばらく治療を受けたのですが、症状が全く改善しないため来院されました。
昼間は家事をする以外はだいたいテレビを見たりしながら沈み込むようなソファに座っていることが多いようです。時間はどのくらいかというと…なんと1日10時間ほどにもなることがあるとのこと。このあたり、これまでの症例ファイルも読んでいただいた方ならピンとくるかも…。
この日の左殿部〜左大腿後面と左膝内側の痛みは動くときに8点(考えうる最大の痛みが10点満点として)で、じっとしているとさほど痛みません。
これまでに腰が痛くなったことがあるかお伺いしたところ、10回以上ぎっくり腰になったことがあるそうです。
レッドフラグはありません。
単純X線写真では年齢相応の変形がありますが、メカニカルな負荷が禁忌となるような高度の骨粗鬆症や不安定性はありません。
腰椎の可動域検査を行います。屈曲は軽度の制限で3-4点の痛みがあり、伸展は中等度に制限されていて、6点の痛みがあります。左への腰の動きは中等度に制限されていて、左大腿後面の痛みが誘発されます。
まず、診察台にいつも座るように座っていただきます。
この状態でお伺いすると3点の左殿部痛があるので、これも評価のためのベースラインにします。
姿勢矯正保持を行うと、腰痛が誘発されますが、戻ると元のレベルに落ち着きます。
(produce 腰痛 NW)
姿勢矯正保持で腰痛がでましたが、戻ると元通りなので、現時点ではいいとも悪いとも言えません。
今回は屈曲から試してみます。
座った状態での屈曲を反復5回。伸ばすときの腰痛は少し軽減したようですがはっきりしません。
(FISitting 5回 NE?)
同じ動きを10回。今度は左下腿に痛みが広がった感じがありましたが、戻るとまたもとと同じ痛みに戻りました。
(FISitting 10回 peripheralizing 左下腿 NW)
これまた黄色信号ではありますが、これからさらに屈曲を強める理由はあまりなさそうです。
そこで方向転換し、伸展にいきます。
まずはうつ伏せ。問題ありません。
肘をついて少し上半身を持ち上げてもらう動作(パピーポジション、puppy position)の時に、左殿部の痛みが強くなりましたが、そのまま続けると痛みは消失しました。そのまま5分ほど続けます。左殿部痛はありません。
再び座位に戻ってもらい、ベースラインを確認すると、左殿部痛は1点に改善しています。
ご高齢でもありあすので、この日はここまでとします。ソファにはあまりこだわりは無いようですので、テレビは椅子に座って見てもらうことにしました。座り方の指導など行って初回セッションを終了しました。
その翌日。
左膝の痛みはほとんどなくなって歩けるようになっています。
腰の痛みもだいぶよいとのこと。
うつ伏せで肘をついた状態でいるのは辛かったので、ほとんどできなかったようですが、そのかわり、テレビを見る時に椅子の背もたれにクッションを入れて姿勢よく座るお約束は守れたようです。
その後、最初の痛みの1割位がとれない状態が数日続きます。さらに伸展方向に肘をつく姿勢は腰が痛くなるようで、立った状態での腰の伸展運動では痛みが強くなならい事を確認して自宅でのエクササイズにしたのですが、流し台に手をついてささえながらやっても、少し不安があるようでうまく行きません。
状況をよくお伺いしてみると、ご自宅の流し台は少し低くて腰の支える位置がうまくいかないようです。
そこで、台を使わず、立った状態で腰を両手で支えながら反らせる運動をやってみました。
すると、意外にもあまり無理なく上手にできることがわかりました。
それから数日後。
すっかり良くなった事をわざわざご報告に見えました。
台を使わずに腰を前に押す感じで腰をそらすエクササイズに変更後によくなったようです。
今後は何が大切だと思いますか?
姿勢ですか?
その通りです!症状がなくなっても、それだけはこれからも意識してくださいね。体操ももちろんできれば続けていただくといいのですが、いちばん大切なのは姿勢なんです。姿勢を意識した生活をしていても、また症状が出ることがあったら、その時にはまたいらしてくださいね
70代後半ということもあり、立った状態での伸展がしやすいようにと流し台で腰を支えるやり方を先に試したのですが、結果として台を使わない普通の腰をそらす運動のほうがやりやすく、また効果があったようです。
マッケンジー法では動かすべき方向を見つけるだけではなく、その患者さんに合うやりかたを見つけることも治療を成功させる要素の一つです。
症状を改善するために何をしたら良いのかを見つける作業はマッケンジー法を知る私達だけではできません。患者さんとのコミュニケーションの上に成り立つ共同作業のようなものなのです。