3ヵ月ほど前に野球のボールではじかれてから続いているという左母指の痛み
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は左母指痛を主訴に来院された40代男性のお話です。
お仕事は料理人で、一日に12時間もの間、鉄板を使われるという、かなりのハードワークです。
最近、野球部ができた事をきっかけに久しぶりに野球を始めました。3ヵ月ほど前、野球でキャッチャーをしていたときのこと、若い人の投げた120km/hほどのボールを捕球してミットの上から弾かれて左母指に強い痛みを覚えました。エアサロンパスなどで対処し、幸いさほど腫れたりしなかったようです。その後、左母指の痛みは徐々に軽減しているのですが、何かに当たったときなどに痛む状態が続いていて、ケガしてから3ヶ月も過ぎたので何か問題でもあれば完全に治さないとと考えて来院しました。
もちろんマッケンジー法で評価を行います。
あれっ、スポーツ外傷でもマッケンジー法による評価ってできるの?と思われたあなた、ある意味マッケンジー法を少しご存じですね!
マッケンジー法は評価法ですから全ての患者さんを評価します。
評価の結果、病態の分類をしますが、分類によりそのマネジメント法が異なるだけなのです。
ちなみに、この方の場合、受傷からすでに3ヶ月ですから外傷後の慢性期といったところでしょうか。
レッドフラグはありません。
どんな時に痛むかあれこれとお伺いすると、左母指を机の縁に当てて、母指がぐいっと開くような動作で左母指の背側が痛みます。さらに左母指を拳に握り込んでいただく動作でも疼痛がありますが、いずれも現在はだいぶ良くなってきていて比較的軽い痛みです。
しっかりグリップする動作の時に出る痛みが2点(考えうる最大の痛みが10点満点として)で、はっきりしていてわかりやすいようですので、これをベースラインに評価してみます。
(母指の握り込み, P 左母指背側痛)
スポーツ外傷後の慢性期の左母指痛……みなさんはどこを先に診察すべきと思いますか?
マッケンジー法では……ヒントは、頭が前に出た猫背という姿勢の悪さ。
そう、頚椎でしたね!
単純X線写真では頚椎にいわゆるストレートネックの所見を認めますが、左母指には異常ありません。
姿勢を矯正してみると、スッと簡単に良い姿勢がとれます!
しばらく続けてもさほど苦にならない様子。
そして1分ほどした頃、背中に少し熱い感じがすると言われます。
このあたたまるような感覚は悪い感覚ではないのでそのまま続けてしばらくして、再びベースラインチェクします。
さっきの、親指をギューっと握り込むやつやってみましょうか
(左親指を握り込みながら)おっ、そんなに痛くないです
どのくらい良くなった感じですか?
少しあるけど、さっきとは違います
痛みの程度って、なかなか数値化するのは難しいですよね。しかも、もともと2点くらいですから僅かな変化と思われます。
しかし、本人が「違う」と感じている時には頚椎の評価を先に進めたくなりますね!
さらに可動域検査では全く問題なかったため、最初から思いっきり負荷を上げて伸展方向に動かす運動を5回してみます。
(RET+EXT w/op self 5回)
もう一回、親指をギューっと握り込んでみましょうか
何度かしっかり握り込みながら確認しながら、あれっ?という表情で、
さっきよりもっと思いっきり握っているのに全然痛く無いです!
姿勢指導、頚椎のエクササイズを指導して初回評価を終了しました。
(RET+EXT w/op self 5回/セット、5〜6セット/日)
3ヶ月前にスピードの早い野球のボールで弾かれるという明らかな外傷後にダラダラと続いていた左母指の痛み。病歴から「外傷後」と決め込んで左母指の診察と治療ばかりをしていたらどうなっていたでしょうか。
もちろん左母指に受けたボールが引き金になった可能性はありますが、上肢の症状は必ず頚椎から診察を行うというマッケンジー法のルールは、病歴や症状からの思い込みによる見落としを防ぐという意味でも重要な意味を持っているのです。