肩が痛い時には「肩」に悪いところがあるのでしょうか
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回ご紹介するのは右肩痛を主訴に来院された70代の女性です。
70歳まで数十年もの間、精米所で働いて来られました。お若い頃は30kgの重さの袋などもあつかっていたそうですが、今は週2〜3回程度手伝いに行き、重くて10kgの袋を扱うくらいのようです。30kgより軽いとは言っても、10kgもやはり重いですよね。
加えて、しばらくの間ご主人の介護が必要な時期があったため、前かがみでの介護動作が多かったようです。
休みの日は人の畑仕事の手伝いをするという、いわゆる働き者ですね。頭が下がります。
さて、3ヶ月ほど前、あまりこれといった思い当たる理由もなく、右項部の痛みと右手のしびれ感を覚えました。その後、右肩の痛みが出てきて現在に至っています。
痛みで夜に目覚めることもあるそうで、症状の改善がなく来院しました。
痛みは強いときで8点(考えうる最大の痛みが10点満点として)。診察の時点でじっと座っていても5点くらいの右肩前方の痛みがあります。
夜中には同じ部位が痛くて目が覚めるほどですが、朝は比較的良いことが多いようです。
お伺いした情報からはレッドフラグはありません。
マッケンジー法では肩の症状は頚椎から評価しますので、まずは、姿勢を矯正して保持してみます。
しばらくして肩の症状をお伺いすると、症状は少し良いかなという程度です。
頚椎の可動域を確認すると、伸展は40°と重度の制限を認め、動作とともに両肩の張ったような痛みがあります。
顎を引く動作があまりうまくできないようなので、まずは顎をしっかりと引く練習をしてみることにします。
比較的ご高齢ではありますが、先に単純X線検査で頚椎の重篤な病変は無いことを確認していますので、最初から少し負荷を上げてみます。
顎を後ろに引いてご自分の左手(痛くない方)で顎をさらに後ろに押し込んでいただく動作を5回していただきました。
さきほどまであった右肩の痛みはいかがですか?
痛くありません
ゼロですか?
狐につままれたみたい…(右肩を動かしながら)…痛くないです
(RET w/op self 5回 abolish B)
姿勢とエクササイズを指導し初回セッション終了しました。
(姿勢指導、RET w/op self 5回/セット、3セット/日)
さて、翌日。
その後、右肩の痛みはいかがでした?
首の右側に手が回って洗えるようになったんですよ。それに夜中に目が覚めず久しぶりによく寝られました
そこで、今の痛みをお伺いすると5点。あまり手放しには喜べません。
エクササイズをチェックします。
自分で顎を押し込むことを意識しすぎてか頭がほとんど動いていないことがわかります。
そこで、自分の手で押し込む事をやめて、手を使わずに顎を引いて二重あごをつくる意識をしていただくと、さきほどより少し前後動がでてくるのを確認できました。5回、また5回と繰り返してみます。
痛みはいかがです?
今は…痛くないです!
(RET 5回 右肩痛 5→3点 B、RET 5回 abolish B)
その後、実は微調整が続きました。
単に顎を後ろに引くだけでは多少右腕に響くとのことで、やめれば元通りなのでいわゆるイエロー(注意して進め)なのですが、こんな時、顔の傾け方などを少し変えると痛みが変化することがあります。
そこで、頭を後ろに引く動作の時に、僅かに屈曲(わずかに下向き)をいれてみたところ響かないとのこと。
自分で症状をモニタリングしながら角度調整をしていただくことにして、引き続きエクササイズのフォローアップを行います。
さらに、背もたれの工夫など、エクササイズがしやすい環境を整えるなどのアドバイスを行いながらフォローを続けます。
そして初診から49日目のこと。全く症状はありません。
もう大丈夫です。卒業しようと思って来ました
もうなんともないですか?
(肩をぐるぐる回しながら)なんともないです!
そして、
人から、このクリニックはどうかと聞かれるので、マンツーマンでみてもらえると話しています
と、口コミまでしていただいているようです。
最初受診した時はすぐに治してもらえると思って来たのに、すぐには良くならないので挫折しそうになりました。でも、続けて本当に良かったと思っています
思いが伝わるってうれしいですね。
あるときマッケンジー法の講習会で、「マッケンジー法は医療というよりむしろ教育である」と教えていただいた事があります。
今回、トータルで49日と比較的長い期間を要しましたが、最終的にセルフマネジメントを体得され卒業されました。
学校の先生もきっと同じような気持ちで教え子の皆さんを送り出していくのだろう…そんな充実した気持ちでお別れです。