マッケンジー法と言えば腰椎の伸展体操のようなイメージですが……
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回で50例目。どんな症例がよいのかと考えたのですが、私がマッケンジー法に興味を持つきっかけにもなったぎっくり腰(急性腰痛症)の典型例がよいかと思いましたので、原点に帰り腰痛の症例をご紹介したいと思います。
30代男性、職業はタンクローリーのトラック運転手で、比較的運転時間は長いようです。あまり重いものを抱える作業などはありません。
10年ほど前に一度ぎっくり腰になり1週間ほど寝込んだのですが、その後、幸い腰痛は良くなりました。
5日前、午前中にソフトバレーボールをしていて、右腰に違和感を覚え、午後になると痛くてものに掴まらないと歩けないほど腰が痛くなりました。
10年前のぎっくり腰のときにはゴロゴロとしているだけで自然に良くなったので、今回も自然に治るかと思っていたそうですが、痛みが全く改善しないため来院しました。
伺った情報からは明かなレッドフラグはありません。
右足荷重時に腰の右側にビリっと痛みが走るため、おそるおそる足を引きずるような跛行状態です。
頑張ってまっすぐに立っていただくと、明かなシフト(身体の傾き)はありません。
この時の右腰の痛みは8点(考えうる最大の痛みが10点満点として)とかなり痛そうです。
腰椎の可動域検査をしようとしても、痛くて屈曲伸展ともできません。もちろん横にも動かせない状態です。
比較的座る姿勢でのお仕事が長い方で、姿勢が悪く、ソフトバレーボールをしていて段々と痛くなったという情報などをあわせ、伸展方向からみてみることにしました。
まずはうつ伏せになっていただきます。
えっ、うつ伏せ?…と思われる方も多いと思うのですが、実はうつ伏せは非荷重下の軽い伸展になります。
この状態での痛みを再度うかがうと、立位よりは若干良いものの、5点とまだ痛みます。
少し高めの枕を胸に抱えていただいてパピーポジション(puppy position、上半身をすこし起こした状態)をとって、症状の増悪のない事を確認し、更に続けると少し楽になってきて3点になりました。
体力の有りそうな若い男性ですので、ここから臥位での伸展をどんどん進めますが、もちろんその間も症状のモニタリングは続けて、腰痛だけでなく、下肢痛などの症状が出ていないかも何度も確認を行います。
そして、しっかりと負荷を上げていってトータル30回の伸展を行った後、立ち方を指導して立ち上がってもらいます。
それじゃ、ゆっくりと立ってみましょう
痛くない!えっ、なんで?…なんで?
(EIL 5回+EIL w/sag 5回 B、EIL w/高さ上げ w/sag 20回 abolish B)
腰痛はなくなりました!
5日間苦しんだ腰痛がその場で消えたことに少々びっくりの状態です。
日常生活での注意点や自宅、仕事中のエクササイズなどご説明します。
さて、痛み止めのお薬はどうしましょう?
正直なところ、マッケンジー法で診療するようになってから、鎮痛剤の処方が激減しました。というのも、その場である程度の改善が見られる人がとても多いからなんです。今回もすでに痛みはなくなっているので痛み止めは要らないと思うのですが、ご本人にお尋ねすると、またあんなに痛くなったら嫌なのでできれば欲しいと言われます。
これまで同じようにその場で腰痛が良くなった人でも、同じように痛み止めを欲しいと言われる方は少なくありません。それは、誰でも痛いのは嫌ですから、またあの痛みが出るかもと思うと、ごもっともですよね!
でも、念のためにとお渡ししても、ほとんどの方が次にいらしたときには結局痛み止めは使わなかったと言われますよ、とお話しますが、お守りにとカロナールを5回分差し上げました。
お仕事の都合でフォローアップは4日後になりました。
痛み止めは使いましたか?
一回も使わなかったです
エクササイズは1時間おきくらい、7セット/日以上はできたようですから、かなり優秀ですね!
トラックに長く乗っている時に多少右殿部にしびれるような感じが出るくらいですが、他は全く問題なしとのこと。もともと体は硬いようですが、ほぼ元と同じレベルの可動域に戻っていて特に制限はありません。
トラックのシート背もたれにクッションを入れる指導を追加し、引き続き臥位、立位での伸展エクササイズで経過をみます。
そして、初診から10日後。
その後、腰の痛みはどうですか?
すごく調子よくって、腰が痛くなる前よりも調子が良いくらいなんです!
とニコニコ顔です。
現在は朝夕で3セット程度のエクササイズはすでに習慣化していて、これからも続けるつもりだとおっしゃいます。
すでに自分の腰痛に対する不安もなく、自己管理ができていると判断できましたのでフォロー終了としました。
以前お話しましたが、「マッケンジー法=腰をそらす体操」のような誤った情報がインターネット上に数多く見られます。
一方、腰を反らす体操をして、腰痛が良くなる人が多くいらっしゃるのも事実です。
しかし、なんとなく腰を伸ばしているうちに腰痛が良くなったという事と、症状の変化をモニタリングしつつ根拠を持ってメカニカルな評価を行い、その動かすべき方向が伸展方向であると見込まれた後に負荷を上げながら腰痛が良くなったという事とは結果は同じでも全く異なることだということを今回の症例ファイルで感じていただければ幸いです。