コミュニケーションが十分にとれない場合にマッケンジー法?
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は右肩痛を主訴に来院した80代女性のお話です。
2週間ほど前からこれといった思い当たることも無く右肩痛を覚えたようです。痛みで右手が全く使えず、お箸も持てなかったのですが、この2週間で少し良くなってお箸は使えるようになったものの、右手を少し動かすだけで痛い状態が続いています。
既往歴では高血圧、喘息がありますが、肩の痛みに関係するようなものはありません。
単純X線撮影をすると、頚椎に骨棘形成などの変形を認めますが、大きな不安定性などないようです。右肩には特に異常所見を認めません。
医療面接の情報とあわせレッドフラグ無しと判断出来ましたのでマッケンジー法による評価を続けます。
姿勢矯正保持を試みますが、うまく出来ません。
私の説明の仕方にも問題ありかと思いますが、なかなか説明内容を理解していただけません。頚椎の動きもかなり悪く、このまま頚椎の評価を続けるのは困難です。
通常、肩の症状であっても姿勢や頚椎の評価を先に行っていくのですが、今日はうまくいかないのでマッケンジー法はここでおしまい……とはならないのがマッケンジー法の良いところです。
ここは頚椎の評価は飛ばして肩の評価に移ります。
もし、肩の評価で納得いかないときにはまた頚椎に戻って他の評価法を考えれば良いのです。
右手を前から上げて(屈曲、前方挙上)もらうと、20゜で8-9点(考えうる最大の痛みが10点満点として)の激痛が走ります。
手を後ろにやる(伸展、後方挙上)と20゜で疼痛は我慢できるレベルです。
外側に上げる(外転)と30゜で8-9点と激痛です。この屈曲・外転の二つの方向が最も症状が強いので、これらをベースラインとして評価を続けます。
肩関節は動かせる方向の自由度が高い上に上腕骨の回旋も関係するのでとても評価が難しい関節。
動かさないと始まらないので、少しでも動かせる伸展方向から開始します。
まずは手のひらを後ろに向けて伸展(内旋位での伸展)を10回、出来る範囲でしていただきます。毎回右肩痛が出現しますが、少しずつ痛みが減ってきました!(produce ただし反復とともに軽減)
手を前から上げると、先ほどは20°で激痛だったのが、40゜の屈曲が出来ています。
どうやら方向性は間違っていない感触を得ましたので、さらに内旋伸展10回続けると、徐々に伸展の可動域も改善し、伸展40゜になりました。
そして再度手を上げていただき痛みを確認します……すると、90゜まで挙がりました!
周りで見ている看護師さんも一緒に内旋伸展の動きをしながら応援してくれます。
さらに内旋伸展10回…
あらっ、こんなに動くようになった!
とご本人も驚きの表情で続けてくれます。
さらに伸展のROMは改善し、伸展60゜とほぼフルの可動域にまで達しました。もう伸展時の疼痛はありません。
もう一回、手を上げてみましょうか
あらっ、上がります!
170゜(左右差無し)可能となりました。
あまりの劇的改善に自分も喜びすぎて、外転のベースラインがどうかわったかとるのを忘れていたことにこの症例のことを振り返りながら気づきました……この点は反省しています。
そして今後のエクササイズなどご説明をして第一回目の診察を終了しました。
そして数日後。
肩の痛みはいかがですか?
右肩をぐるぐる動かして見せられます。
で、エクササイズをどのくらいやったか伺うと、少し心配していたのですが、やはりほとんどやっていなかったという事が判明しました。
ということは初回のセッションでほぼ完治に至ってしまったという事でしょうか。
再発の可能性もありますので、引き続きフォローは続けたいと思いますが、今回のようなエクササイズを理解していただくのが難しい患者さんについてはまだまだ課題が残ります。
しかし、このように初回の評価で劇的に改善してしまい、その後はエクササイズを続けなくても良くなってしまうことがあるのも事実です。
マッケンジー法は基本的にセルフエクササイズをすることを基本としているのですが、たとえ患者さんとのコミュニケーションが難しく、セルフエクササイズが出来なさそうな場合でも、まずはマッケンジー法による評価をお奨めしたいのはこのような方がいらっしゃるからなのです。