左膝の激痛で歩くことも出来ずに困っています
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は左膝激痛を主訴に来院された80代女性のお話です。
たまにはスムーズに診察が進まなかった症例もご紹介しないと、いつもヒットばかりのように誤解を招きかねないので、少し悩ましかった症例のご紹介です。
80代といっても大変お元気な方で、通常1日8時間、腰を折ってしゃがみ込んでの農作業をしています。長いときでなんと12時間ほど、途中、食事休憩はするようですが、大変な労働だと思います。毎日美味しい農産物をいただけるのも、このような重労働をしている皆様のおかげ様だと思うと感謝せずにはいられません。
ご家族に付き添われて自家用車で来られましたが、クリニックに着いてからは車椅子で移動しないといけないほどの激痛です。
なんとか良い結果が出せれば良いのですが……。
4日前に竹切りに山へ行って、普段以上の重労働だったようですが、特に膝をひねったりした訳ではないようで、当日は自宅に帰ってからも特に問題なかったようです。
そしてその翌朝に左膝が痛いことに気づいた……このあたりがマッケンジー法をやっていると少しピンと来るところなんです。
医療面接ではレッドフラグなしと判断できました。
単純X線検査では腰椎に変形とごく軽度のすべりがあります。問題の左膝はビックリするくらいきれいです。まるで50代かと思えるほどの所見。
とても立位はとれませんので、とりあえず手伝いながら診察台に移って、ゆっくりと仰向けになります。
こういうケースでは通常の腰椎可動域検査はパスします。
そして再度ベースラインの確認をします。じっとしていると痛みは全くありませんが、下腿外側近位になにかもやもやしているしびれ感もあるとのこと。
少しずつ自分で曲げていただきますが、途中痛みが強く、30°程度でもう限界です。
伏臥位で1分、左下腿外側のしびれ感は今はないと言われます。
お伺いした情報からは腰椎伸展が良さそうな印象でしたので、肘をついてもらいパピーポジション(puppy position)を持続してみたところ、だんだんと腰が痛くなってきました。
このような姿勢は何十年もしたことがないとのことなので、我慢できる痛みであればと続けます。
さらに1分ほど続けていただきましたが、腰痛が強くなってきたのでここでストップします。
仰臥位に戻ってしばらく腰の痛みが落ち着くのをまってから左膝の自動屈曲をしていただくと……
あれっ、予想に反して今度は10°くらいで激痛があるようです。
しかし、思い通りに進まなくても次の手を打っていけるのがマッケンジー法の優れているところ。
今度は腰椎屈曲を試します。
試すというと語弊があるかもしれませんが、この評価プロセスはなぜそうしているのかを、ご本人、ご家族にもご説明しながら行います。
想定される悪くなる可能性とそのようなことが起こった場合にはすぐに言っていただくように念押ししています。
さて、仰臥位での腰椎屈曲……といっても左膝が痛くて動かせませんから両膝を抱える手技はできません。
右膝をしっかり抱え込むやり方でとりあえず代用します。
まず、5回ほど自分でしっかりと抱え込んで、少し伸ばしてまた抱え込む……を繰り返します。
そして終わった後、ゆっくりと左膝を屈曲していくと……
おっ、40°くらいまで曲がります!
が、それ以上では先ほどと同じ激痛です。
今度は右膝をしっかりかかえこんで持続してみます。1分ほどして自動での左膝屈曲をしていただくと……おっ70°……っと思いきや、また激痛。
さらに持続屈曲2分。おそるおそる左膝を曲げていただくと、70゜でそれ以上の改善なし。
たしかに角度は改善しているのですが、疼痛レベルが全然良くなりません。
ROMは改善しているのでこのままいくか……いや、疼痛は改善しないので膝の評価にうつるか……。
ディプロマの先生方の顔を思い浮かべながら、岩貞先生だったらどうされるだろう?……前川先生だったら?……佐野先生だったら?……。
いや、歩む道は人それぞれ違っていても、目指す頂上が同じであれば大丈夫。ただゴールに達するまでにかかる時間が違うだけ、そう自分に言い聞かせます。
もし膝の評価に切り替えて、だめならまた腰に戻ればよいのです。
ベッド上で、脚投げ出しでの座位になっていただきます。
左膝を自分でしっかりと伸展してもらいます。1回では変化無しです。
同じ動作を反復して10回……おそるおそる左膝を自分で曲げていただくと可動域は少しだけの改善ですが、今度は疼痛が半減しています。
さらに20回続けていただきます。そして再び自分で左膝を曲げていただくと、おそるおそるではありますが、90°越えました!そして、疼痛は普通にお話し出来るレベルに軽減しています!
ゆっくりベッド端座位になって、再び自分で10回伸展した後、そろりと立ってみると……立てました!
そこで、T字杖で歩いてみると、まだ跛行があります。
今度は立位になっていただき、荷重下で再び伸展10回、しっかりと伸ばしてもらい、左足を着くときに膝をしっかり伸ばすことを意識して歩いてみると……楽に歩行可能となりました!
やっとご本人もニコニコ顔。私自身、ホッとしてやっと肩の力が抜けました。
家に帰ってからのエクササイズや注意点など、息子さん夫妻とご一緒にご説明して、念のため鎮痛剤を頓用で差し上げて初回セッションを終了しました。
正直なところ、今回は、最後まで本当に結果が出せるか心配でしたが、途中、患者さんとのコミュニケーションを最優先にして安心していただきながら「やりきる」という気持ちを意識し続けた事も良かったのではないかと振り返っています。
マッケンジー法は非常に良く体系化されているシステムなのですが、同時にそのアプローチには多様性を許容しているという非常にユニークな評価法でもあります。
この患者さんについても、他の認定セラピストだったら、もっと近道があった可能性があると思いますが、たとえ遠回りの道を辿ったとしてもルールを守ればなんらかのゴールには到達できる仕組みなのです。
case_26 続編 フォローアップでの反省
さて、左膝激痛でお見えになった80歳代の女性、初診から2日経過して第2回目のフォローアップとなります。
まずは症状の変化について確認します。
おおまかに言って、良くなっているか、悪くなっているか、変わらないかといったらどれです?
そりゃもういいですよ〜!
とニコニコ顔で答えられます。
でも少し気になることが。
一本杖でお見えになっているのですが、記憶が確かだとすれば普段は杖をついていなかったはず。
お伺いすると、やはりご自分の杖ではありません。
疼痛は改善しているものの、まだ痛みは4割ほど残っているようです。
辛抱強く生きてこられた方のように感じますので、控えめに言って4割の可能性もあるかと思われます。
まずは、この二日間のエクササイズのやり方や頻度など確認します。
農作業は家族にまかせていて、できるときは膝伸展エクササイズを何度でもやっていたとのこと。たしかにエクササイズを実際にやっていただくと問題なく出来ているようです。
でも、お話ししているうちに、左膝をぐ〜っと曲げながら、
こんなに曲げてももう大丈夫なんですよ〜!
と、ニコニコ顔で話されている時に、ハッと気づきました!
あれっ、曲げるようにお話ししましたっけ?
曲がるようになって嬉しいので、こんなに曲がるようになったとどんどん曲げてるんですよ〜!
これは私の説明不足による完全なる誤算でした。
自分の説明した内容を振り返ってみましたが、やるべき事はしっかりとお話ししたのに、その逆の動きが出来るようになったとしても、十分に症状がとれるまでは控えていただく事をお話ししていなかった事に気づきました。
マッケンジー法では、(1)整復、(2)整復の維持、(3)機能回復、(4)再発予防という4段階のプロセスを経て卒業となるのですが、この(1)から(2)にうつるべきタイミングの前に私の説明不足のために、動くようになった嬉しさから(3)の段階で行うべき事をやってしまったようなのです。
どの程度回復したら自由に動かせるようになるかなど、説明を加えて、再びエクササイズの内容など確認し、さらに今後は同じような患者さんが見えたら、今回のようなことが起こらないように説明を忘れないようにしたいといった事をお伝えし、2回目のセッションを終了しました。
初診の朝は、左膝の激痛のために自殺したいと言うのに対してご家族がそれは困るといった事をお話しされるほどの激痛だったようで、それに比べると症状が劇的に改善したこともあり、ご本人の満足度が高かった事に救われた追加報告でしたが、この逆の動きを適当な時期が来るまでやらないようにという説明を忘れないようにしなくてはと肝に銘じる一例となりました。
マッケンジー法による評価を実践している皆様のご参考になれば幸いです。