両手足のしびれ…脊柱管狭窄症?糖尿病?
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は両手・両足のしびれ、慢性の腰痛をもった60歳男性のお話です。
両手足の末梢のしびれは頚椎だけでも、頚椎と腰椎の両方の病変でもありえますし、もちろん糖尿病などでもありうることはご存知のかたも多いでしょう。
10年来、6〜7時間/日程度のPC作業を中心としたデスクワーク従事しておられ、3年ほど前から軽い腰痛を意識するようになっていたそうです。その頃から立ち上がって走り出す時に下肢に痛みが響くようになりました。下肢痛はあるときは右、またあるときは左と一定しない片側で、両側同時には痛くなったことは無かったようです。
そして2〜3ヶ月ほど前から、両手足のしびれを自覚するようになったようです。
なんでもお母様とお母様のご兄弟に脊柱管狭窄症の方がおられて気になって来院されました。
患者さんの一番の知りたいことは自分が腰部脊柱管狭窄症であるか否かですから、とりあえず頚椎と腰椎の前後屈も含めた単純X線検査も行います。頚椎X線写真ではC5/6/7に骨棘形成がありますが、もともとの脊柱管は広いためあまり影響はなさそうな印象です。屈曲、伸展での不安定性もありません。
腰椎X線写真ではL4/5/Sに強い後弯と狭搾の所見が認められますが、動的不安定性無しです。
特に動かして問題になるような重篤な病変はありませんのでマッケンジー法による評価を続けます。
座位で自然に座っておられる状態で姿勢のチェックをします。
多少悪い姿勢です。
この状態での両手橈背側のしびれ、両足背内側のしびれの程度を伺うと、いつも感じているしびれの一番悪い状態とのことで、評価を行うには最適な状態で、このしびれを10/10のベースラインとします。
姿勢矯正してしばらく保持してみます。
しびれはいかがです?
だいぶいいです!3割くらいになった感じ…
かなり改善しています。
伸展方向がよさそうに思える反応ですので、引き続き顎を後ろに引く動作を5回してもらうと……
しびれは2/10に改善しました。
もう少し負荷を上げてみることにします。顎を引いたところからさらに自分の手で顎を押し込む動作を指導して5回続けると……
だいぶいいです!
しびれは一番悪かった最初の1/10になったようです!
さて、次に両足背しびれについて評価します。
診察台に仰臥位に寝ていただき、ベースラインの変化をチェックすると、両足背のしびれは2/10に改善した状態が続いています。
先ほどのX線写真は頭の片隅においておりますので、まずは股関節を屈曲45°程度、膝屈曲90°程度に膝立してキープしてみました。
足のしびれはどうです?
余計悪いですね…
両足背のしびれは先程の2/10から4/10に悪くなっています。
マッケンジー法では動きにより症状の変化を評価しますので、患者さんを診察していく前に、症状が必ずしも良くなるばかりでなくこのように悪くなることもあることについてご了承をいただいています。
両脚を伸ばすとまた元通りです。
次に腹臥位(腹ばい)になっていただきます。
すると、すぐさま右足背のしびれは2/10に減少、左足背のしびれは…消えました!
動かすべき方向は伸展方向だと言えそうですね。
パピーポジション(puppy position、両肘をついた子犬のような姿勢)をとっていただくと、いつも感じているくらいの軽い腰痛がでましたが、大丈夫なレベルのようですので少し我慢していただきます。数十秒もしないうちに、腰痛はさほど気にならにレベルになりました。
3分ほどした頃にお伺いすると、
右は軽くなったんですが、左がまた少ししびれてます…
右足背のしびれは2/10→1/10に減少したのですが、今度は先ほど消失していた左足背のしびれがまた1/10ほどに戻っています。でも大したことないのでそのままキープしてみます。
6分ほど経過……
両足のしびれはいかがです?
今は……しびれてないです!
両足背のしびれは完全に消失しました!
マッケンジー法の基本では、症状の改善が見られた時点でそれ以上の負荷を上げることはしません。
しかし、この方の場合、コミュニケーションがとりやすく、身体能力があると感じられましたので、マッケンジー法で有名になった上半身を両手で持ち上げて腰を反らす体操をやってみていただくことにしました。
様子を伺いながら続けて10回やっていただいて両足背のしびれが消失したままであることを確認し、立って行ったり来たり歩いていただくと……
手も足もしびれてないです!
両手足のしびれは完全に消えた状態がキープできています。
あれっ、両手まで?……そうなんです。さっきまで1/10は残っていると言われていた症状までいつのまにか消えています。ひょっとすると腰のエクササイズをしているときに頚椎の動きにも何らかのよい影響があった可能性はあると思います。
結論は長年来のPC作業で出来上がった姿勢の悪さによると思われる病態だったようです。
自宅、職場での姿勢・エクササイズを指導し初回の評価を終了しました。
このように、X線写真の所見で明らかな腰椎の後弯変形があり、脊柱管の前後径も小さいことから通常の整形外科的診断は変形性腰椎症か腰部脊柱管狭窄症といったところでしょうか。
腰部脊柱管狭窄症では腰を反らしてはいけないと一辺倒に指導されることが多いようですが、本症例のメカニカルな評価に対する症状の変化をみると必ずしもそうではないことがわかります。
これまで学んできたこと、すでに知っていることが本当に正しいのか……そういう心を常に持ちつつ診療を続けていきたいと思います。