両母指の痛み、マッケンジー法で評価するのでしょうか?
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は透析を受けておられる70代女性、両母指痛のため来院された方のお話です。
えっ、母指痛にマッケンジー法?と思われた方もいらっしゃるでしょう。
マッケンジー法と言えば腰痛体操というイメージを持っておられる方が多いと思うのですが、実はマッケンジー法は脊椎だけではなく、四肢の評価・治療も行います。
そして四肢の症状があっても、脊柱から診察するのが基本です。
それには理由があって、四肢の痛みやしびれを訴える患者さんの中には脊椎の評価によって症状が改善する人が少なからず含まれるからなのです。
10年ほど前に右母指ばね指の腱鞘切開(腱の通るトンネルのような構造を腱鞘といって、そこを切開する手術をこうよびます)、3年ほど前に左母指ばね指の腱鞘切開を他院でうけておられます。
最近、誘因無くものを強く持つ時に両母指のMP関節(指の付け根の関節)背側(手の甲側)あたりを中心に痛みを覚えるようになりました。
安静時痛や単なる屈曲伸展では疼痛は誘発されません。
可動域制限や腫脹・熱感などもありません。
強く握るという動作により屈筋腱のみならず伸筋腱も緊張しますので、同時に関節の内圧も高まります。痛みの部位からMP関節の負荷が増えた時だけに感じられるインピンジや腱鞘炎(あるいは腱鞘周囲炎)などの診断が候補に上がるかもしれません。
両母指とも腱鞘切開の術後という病歴も関連しているのでは?……そう考える人もいるでしょう。
さて、自宅での日中の過ごし方をお伺いしてみると、床に横座りでいることが多いようです。座った姿勢をみると頭が多少が前に出た悪い姿勢です。握力計をぐっと握りしめた時の右母指MP関節背側痛は6点(考えうる最大の痛みが10点満点として)と比較的強い疼痛が再現性のあるベースラインとして確認できました。
姿勢を矯正しようとしましたが、頚椎から胸椎にかけて全く動きません。胸を張ったいい姿勢がとれないのです。
それでも出来る範囲で姿勢矯正をして保持すること30秒、再度同じように握ってもらいベースラインチェックすると、
少し痛みが軽くなりました…
(姿勢矯正保持 B 握るときの痛み 6→4点)
でもその変化はちょっぴりですね。何か治療してもらって良くなっているという暗示にかかってる可能性もありかと思われますので、評価を続けます。
さらにご自分で顎を少し後ろにおした状態でキープしていただきましたが、これではあまり変わりません。
この方について慎重に評価をすすめている理由は比較的ご高齢でかつ透析を受けておられるため骨粗鬆症が疑われる状態で、負荷を上げすぎると危険を伴うと判断して、慎重に負荷を上げています。
今度は姿勢保持だけではなく前後に動かす反復運動をしていただきます。この時、自分で動かすだけでは全くと言ってよいほど頭部の前後動がありませんので、ご自分の両手で顔を後ろに引く動作をサポートするやり方を指導して5回。
もう一度、握力計を再度グッと握ってもらうと……
だいぶいいです!さっきの半分くらい
2点にまで軽くなったようです!これは気のせいではないようですね。
できればゼロにまで改善したら良かったのですが、マッケンジー法は魔法ではありません。病態にもよりますが、改善の度合いには個人差があります。しかし、今回も母指には全く触らずに頚椎の動きだけで症状が改善したわけですから、両母指の症状が姿勢(頚椎)と関連していたと考えて問題なさそうです。
そのことをエクササイズと痛みの軽くなり方を実体験していただきながら患者さんにお話していると、
そういえば、座椅子を使って持たれて座るようになってからこの症状がでてきたように思います
と思い出したことをお話になりました。
これまでの症例ファイルを読んでいただいた方にはもうピンときますね!
そうです、ソファの座り方と似た、だらんと背を丸めて頭が前に出た悪い姿勢になっていたんです!
これまでにも上肢の症状が頚椎や胸椎のエクササイズで劇的に良くなった症例をご紹介してきましたが、このように上肢の症状が頚椎に関連していることは稀ではない事を皆様にお伝えできれば幸いです。