case_103 右鼠径部痛

半年ほど前から朝起きたときに右脚のつけねが痛くなりました

整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもあるがどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は右鼡径部痛を主訴に来院された70代男性のお話です。

半年ほど前の3月ころから、特にこれといったきっかけもなく、朝起きて歩きはじめるときに右鼠径部(脚のつけね)に痛みを覚えるようになりました。少し悪くなってきたように感じたため、奥様に勧められて来院しました。
症状は朝起きた直後だけで、日中はなんともありません。診察時点では朝痛む部位を押さえると、ごくわずかの左右差があり、痛みにして0.5点(考えうる最大の痛みが10点満点として)といったところです。

マッケンジー法ではメカニカルな刺激によって症状がどのように変化するかをみますので、今回のように受診時に症状がほとんどない方は、ある意味、評価が難しいと言えます。

日中は庭仕事や日曜大工などよくなさるようで、ゴルフの練習には週1回程度、コースには月に2〜3回行くそうです。
症状はとても軽く、どんなときに良かったか悪かったかがわかりません。強いて言えばラジオ体操をしていたころは少し改善していたような気もするくらいです。

さて、腰椎の可動域検査で特に問題ないことを確認した後、かなり負荷をかけてしっかりと伸展を10回繰り返して右鼠径部の症状を再度確認しますが変化はありません。
屈曲も同様にしっかりと負荷をかけて10回していただきますが、これまた変化なしです。

(EIS流し台 10回 NE、FISitting w/op self 10回 NE)

単純X線写真では年齢相応の軽度の変形と、やや腰椎の前彎が強い状態であることが確認できました。

このように現在の症状が非常に軽く、屈曲・伸展とも変化がはっきりしない場合、問診情報と症状の起こるタイミングなどから宿題を決めることもあるのですが、場合によっては患者さんに選んでもらうこともあります。
まだある一定方向に動かして早期に良くなるタイプ(マッケンジー法ではDerangementと呼ばれます)なのかすらわかりませんが、良くも悪くも変化を出すために、しっかりと一つの方向に動かすことを決めます。
今回はご本人と相談し屈曲方向を選択しました。

(FISitting w/op self 10回/セット、できるだけ)

朝起きた時の症状ですので、夜寝る前までにしっかりとエクササイズをやっていただきます。明日朝の痛みの具合をご自分で確認していただき、その結果により次にやることを決める方針としました。

そしてその翌日。

少し良いかも知れないと感じたようです。

今朝は歩き始めに違和感はあったのですが痛みはなかったようです。
しかし、最近、痛くないように動く癖がついているので、実際に良かったかどうかはなんとも言えません。
症状が改善しているかどうかについては贔屓目にならないように、正直になんでもお話しいただくようにお願いしています。

初診時に唯一の症状であった右鼠径部を押して症状を確認します。

佛坂
佛坂

昨日痛かったところを、押してみてもらえます?

何度か押して確認しながら、

B男さん
B男さん

……痛くないですね……

エクササイズをチェックしますが、上手にできていて問題ありません。
座った状態で昨日痛かったところを再び押していただきますが、エクササイズ後も痛くないようです。

(FISitting w/op self 5回 NE)

昨日はあった症状が無いので、少なくとも悪くはないようですから、引き続き屈曲エクササイズを続けることとします。

それから3日後、初診からは4日目になります。

佛坂
佛坂

朝の痛みはいかがですか?

B男さん
B男さん

それが……ここに来て以来、全くなくなりました

半年ほど続いていた症状がエクササイズを始めてから以降、すっかり良くなったことが不思議なようです。

症状が良くなった後も頻度は減らしても良いので寝る前などにエクササイズを続けることなどご説明しました。

今回のように受診されるときに症状がほとんどなくても、日常の生活習慣と症状の起こるタイミングなどから、なんらかの根拠をもって一つの方向を選んでエクササイズを続けてみます。
日中には症状がなく、朝歩き始めた時だけに痛いという非常に限局した時間帯の軽い症状でした。
腰椎の伸展と屈曲をみて、いずれも良いとも悪いとも言えない評価内容でしたが、このような場合、患者さんが自分でやりやすい、あるいはやってみたいと思うことを選択していただきます。
それが必ずしもいいとは限らないのですが、やることを自分が主体となって「選ぶ」という体験をしていただくことで、「人に治してもらう」ではなく「自分で治す」という考え方に導いていくのも医療者の大切な役割と考えています。