じっとしていても両肩の痛みがあります
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は両肩痛のある50代後半の男性のお話です。第3回目までのフォローを含めた一話読み切りですので、やや長いことご了承ください。
10年ほど前に五十肩と言われ、当時から動かすのは痛くないけれど、じっとしていても両肩の痛みを感じていました。
このあたり、マッケンジー法で評価しているセラピストの皆さんはきっとピンとくるところでしょうか。
高校生の頃から時に首が痛く、当時から頚椎が悪いと言われていましたが、特に治療などは受けませんでした。
寝返りする時に痛みで目が覚めるようで、寝返りするたびに「アイタタタ……」といってご家族にも煩わしがられていました。
日中は比較的重労働をされ、家に帰るとベッドにもたれてだらりと座ったりごろごろしたりという生活のようです。
痛みの部位は比較的限局していて明らかに両側肩関節の前方のあたりを痛いと言われます。両肩とも前方に手を挙げる動作と外側に手を挙げる動作(前方挙上と外転)は多少痛みはありますが可動域に制限ありません。
長年の症状でもありますので、一応単純X線検査も行います。両肩にはごく軽度の変形を認めますが、あまり問題になりそうな病変はありません。頚椎についても評価が必要と判断しましたので頚椎の単純X線検査もしましたが、変性(C6/7)、骨棘(骨のトゲのような出っ張り)形成を認めますが、不安定性もなく、さほど問題になる異常はありません。
頚椎の単純X線検査?……ひょっとするとまだ当クリニックの症例ファイルをあまりご覧になったことのない方にはそう感じる方もあったかもしれません。
肩の症状であっても頚椎のメカニカルな評価で改善があることは少なくないのです。
医療面接の情報ではレッドフラグなしです。
さて、まずは座位で普通に座ってもらいます。頭が前に出ていて姿勢は悪いことがわかります。
(protruded head+)
この状態であまり痛くないかと思いきや、お伺いすると両肩前方の鈍痛が4〜5点(考えうる最大の痛みが10点満点として)とけっこう痛いようです。
さらに右手を後ろに伸ばす(右肩伸展)で9点、左肩外転で6点と、特に右肩に激痛があり、再現性があることを確認してこれらをベースラインに評価を開始します。
姿勢矯正して1分ほど保持してみます。お伺いすると、両肩前方の痛みは少しいいかなというくらい。これは有意かどうかはわかりませんが、少なくとも悪くはないようです。
頚椎の可動域をみてみると、上を向く動作(後屈)に制限が中等度あり、真上は向けません。
症状のモニタリングを行いつつ、一気に顎を引いてしっかり伸展するところまで、末梢に響くような症状などが出ていない事を確認しつつまずは一回やってみます。
(RET+EXT)
特に問題ない事を確認し、続けて4回……
肩の前の痛みはどうですか?
少しいいです、3点くらい…
更に負荷を上げてしっかりと頚椎の伸展を5回追加します。
(RET+EXT w/op self)
そして、いちばん症状が激痛に近かった右肩を伸展していただくと……
あっ、だいぶいいです。最初の半分もないくらい!
加えて両肩前方の暖かいような感じを自覚されています。
座位姿勢指導、エクササイズ指導(RET+EXT w/op self 5回/セット、一日10セット目標)で初回セッションを終了したました。
それから数日後のフォローアップ。
まずは症状についてうかがうと、かなりよくなったと自覚しています。
前方の奥の痛みは前回のベースラインで使用した右肩伸展と左肩外転ではすでに消失していてありません。かわりに上腕外側にわずかに痛みが出る程度になっています。
エクササイズがどの程度実施できたかお伺いすると、期待通り、5回1セットで一日10セットは出来たようです。
寝ているとき、痛くて目が覚めなくなったんですよ!
何よりも今回満足度が高かったのが、夜間に寝返りで痛くて目が覚めていたのが、この一週間目が覚めずに眠れるようになってきたようです。10年来のことだったので、それがとても嬉しいとお話されます。
エクササイズをチェックすると、まだ若干不十分なところがありましたので、ポイントを再度確認し、準備運動的に少し頭を引くエクササイズを数回してから伸展までもっていくようにやり方を少し変えて指導し、第2回めのセッションを終了しました。
(RET w/op self数回した後、RET+EXT w/op self)
そして第3回目のフォローアップ。
その後も寝返りしても目覚めなくなりよく眠れているようです。
両肩前方の痛みはすでにほとんどないようですが、前方挙上170゜くらいでわずかにまだ痛いようです。
エクササイズはしっかりできているようで、このあたりはもうあまり追加の指導は必要ないと思われます。
10年来の症状でしたが、初診から第3回目までわずかに10日足らずでの改善。
しかも肩の痛みだったのに、肩の注射はおろか、肩には触ることすらせず、頚椎のエクササイズのみで症状は改善しています。
ご本人は過去10年間もの間、五十肩と思い込んでいて両肩の治療はあれこれと受けてきたようですが、症状は変わることがなかったようです。それが10日足らずの頚椎のエクササイズで劇的に症状が良くなったという事実。
このメカニカルな評価で改善する可能性がある方々をもれなく評価して症状から開放していく。
これが私の考える医療の方針です。