case_286 左股関節痛

大学病院で予防的な手術を勧められています

整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもあるがどのようにマッケンジー法マッケンジー法(MDT, Mechanical Diagnosis and Therapyとも呼ばれます)による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は左股関節痛で相談にみえた20代後半の女性のお話です。

2ヶ月ほど前に一日中歩き回ったことがあり、それが悪かったのか、その後、左股関節が痛くなりました。一日歩いた日や側臥位で3時間ほど寝ている時など左股関節あたりの痛みが強くなるようです。1ヶ月ほど前からは腰も痛くなりました。以前近くの整形外科で腰椎分離症と診断されていて、今回は左股関節の痛みが続くためその病院に行き見てもらったところ、股関節の被りが浅いので詳しく見てもらったほうがいいと言われ、大学病院整形外科に紹介してもらいました。大学病院では将来的には変形が進む可能性があるので手術をしたほうがいいと言われ、次回の診察時に手術を受けるか決める方針となったそうです。手術以外の方法がないかと友人経由で紹介されて来院しました。

趣味で切り絵などして5〜6時間座りっぱなしのことも多いようです。
腰の痛みは下位腰椎のど真ん中、ちょうど分離症のレベル中心で動きによって9点(考えうる最大の痛みが10点満点として)ほどの痛みがあったそうですが、いまは落ち着いていて時に軽い痛みを覚える程度です。
左股関節の痛みはどちらかというと左の大転子から中臀筋のあたりを指してここが痛いと言われます。もちろん股関節の症状であってもその周辺、時には膝や腰まで痛いと訴える人も稀ではありません。

今回の腰痛は大きなくしゃみをして、なにやら腰が戻ったような感覚があったあとに腰痛が徐々に軽くなったと付き添いで見えたお母さんと、そんなことあるかなと笑いながら話されましたが、このあたりもMDT的にはヒントになる情報ですね。

さて、腰から股関節の症状ですから、MDTの診察は腰椎からになります。念の為、腰椎の単純X線写真で股関節の状態も確認しましたが、股関節の被り具合は正常の下限程度(CE角 25°左右差なし)極端な臼蓋形成不全ではないようです。第5腰椎分離症も確認できました。

ちなみに分離症のあるなしは評価のプロセスには何も影響ありませんし、そもそも無症状の分離症の人が多いことはよく知られています。

現在の症状のベースラインを確認しますが、左股関節周囲の痛みは今は感じないようで、足踏み、しゃがみ込みなどでも誘発されません。

腰椎の可動域を確認すると、前屈と腰を横に動かす動作で腰に2点の痛みがありますから、これを現在のベースラインに設定して評価します。

まずは姿勢を矯正保持してみますが、症状に変化はありません。

今度はだらりとした姿勢をしばらく続けてみます。すると、腰に違和感がでてきました。

(slouch保持 P 腰に違和感)

先ほど可動域検査で立った状態での腰の伸展が問題ないことが確認できていますので、立位での腰椎伸展を10回繰り返してみます。

佛坂
佛坂

さっきと同じように前屈してみましょうか?

先ほどより深く曲げながら、

A子さん
A子さん

痛くないです

佛坂
佛坂

さっきより曲げやすくなってるみたいに見えますね?

A子さん
A子さん

はい、曲げやすいです

(EIS 10回 B)

横に動かす動きも確認すると、まだ痛みは残っていますが軽くなっているようです。

比較的ご自宅にいることが多いようなので、うつ伏せの運動もやってみることにしました。

うつ伏せになって上半身をそらせる、そう、以前ネットなどで「マッケンジー体操」として誤った情報が拡散されてしまったあの体操です。やり方をご説明し、10回終わってからまた立ち上がってもらいます。

佛坂
佛坂

前屈やってみましょうか

先ほどよりさらに深く曲げながら、

A子さん
A子さん

なんともないです!

佛坂
佛坂

腰を横に動かすのもやってみましょう

左右ともより深く動かしながら、

A子さん
A子さん

痛くないです!

(EIL w/sag abolish B)

今回は左股関節の症状が全く無い状態でしたが、腰椎の伸展エクササイズを宿題にして初回評価を終了しました。

あれっ、股関節の症状が確認できないのにこれだけ?……そう思った方も多いのではないでしょうか。

股関節は長歩きした後や側臥位で寝てから3時間ほどしてからとのことで、とても診察室では再現できません。
しかし、もう一つの症状である腰痛については明らかな改善がえられましたので、そのエクササイズを宿題に選びました。

マッケンジー法ではその時に存在しない症状についても、生活状況や評価時点での反応などを参考にして姿勢やエクササイズに関する宿題を出し、その宿題をこなした結果、それまでにあった症状がどうなっていくのかを観察して次にやるべきことを決めていきます。つまり、患者さんから得られた様々な情報から仮説を立て、それを実行してみてその反応によってその仮説を証明するイメージです。

それでもし仮説が間違っていたら?

もちろんそんなこともあります。その時にはその思わぬ結果から得られた情報をもとに、次に進む道を選んでいきます。