数十年来、左股関節を意識しています
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は左股関節痛のある70代女性のお話です。
1歳すぎて歩き方がおかしいことで気づかれた左発育性股関節形成不全(以前は先天性股関節脱臼と呼ばれていました)で、ある大学病院でギプス治療をうけ、小学生の頃に手術を受けるように勧められたそうです。ご自分の記憶には全くないけれど親から聞かされた話では、なんでも頑なに手術を拒んだらしく、親が根負けして手術を受けずに過ごすことになったという少し珍しい治療歴をお持ちです。
60歳で車椅子になると言われたんですよ
でも、いまだに杖もなく歩けてるし、手術受けないでよかったかもですね
歩き方もさほど股関節の問題があるように見えませんでしたし、股関節の変形の有無はさておき良い形に収まっているのは間違いなさそうです。
とはいえ、30歳ころから時に左股関節の痛みを覚えるようになったようで、最近では階段を左足から登ろうとすると左股関節あたりが痛くなるため、右足から上がりなおして上がるなどしています。調子が良い時には少し意識はするものの交互に足を出して階段を登ることもできるようです。寝返りする時なども左股関節が痛いことがあります。股関節を広げるようなストレッチをすると少しいいような気もしますが、根本的な解決にはなっていません。2〜3ヶ月前から座っていて立ち上がる時など左股関節の痛みが増悪し、かかりつけの内科で相談したところ当院の受診をすすめられて来院しました。
痛みがとれたら今は痛みのために控えている旅行に行きたいなどと話されます。
マッケンジー法では左股関節の症状がある場合でも、腰椎から評価をするのはこのブログをこれまでご覧いただいている皆様にはもう当たり前のことになったでしょうか。もちろん、股関節の病歴がある場合にも評価の流れは変わりません。
単純エックス線写真では、腰椎に高度の変性と強い仙骨の傾斜があります。左股関節はほぼ右と同等、骨頭の変形もありません。幼少時の治療がうまく行ったのでしょう。
まずは、現在の症状を確認します。
立ち上がり足踏みくらいでは症状はまったくありません。
片足立ちでの腿上げをしてもらうと、左の腿上げが弱く、屈曲80°くらい(右100°)までしか出来ません。腿上げでも痛みはありません。
さらに、この腿上げした状態で外に脚を開く、屈曲外転の動きで3点(考えうる最大の痛みが10点満点として)の痛みが再現できることを確認しました。
病歴や症状の出る傾向などから、まずは座位で姿勢の過矯正とだらりとした姿勢に戻る動きを繰り返してみます。
10回繰り返した後、もう一度立ち上がって腿上げしてもらいます。
さっきと比べて足を上げる感じはいかがです?
さっきより少しやりやすくなったようです
(SOC 10回 B 左腿上げしやすい?)
まだはっきりとはしませんので、もう一度座って同じ動きを10回やってからまた立ってもらいます。
太ももあげるのやってみましょう
だいぶ上がります!
先ほどよりはっきりと上がり、右とほとんど同じくらいに、しっかりと上がっているのが確認できます。
さっき痛かった太ももを回すのやってみましょうか
何度か繰り返しながら、
今は…1点無いくらいです!
(SOC 10回 B ROM↑ 屈曲外転の痛みは1点未満)
いつか旅行も行けそうですね!
まずは今回評価に使用したエクササイズを宿題にして初回評価を終了しました。
今回は発育性股関節形成不全で、やや遅れて治療されたという治療歴のある方の左股関節痛でしたので、お話からはかなり股関節の関連が疑わしかったのですが、単純X線検査ではその治療の形跡がみられないほどのきれいな股関節でした。マッケンジー法による評価は通常通り腰椎から行いましたが、初回評価では暫定的にではありますが脊椎の特定の動きで改善するタイプの左股関節痛だったようです。
マッケンジー法(MDT, Mechanical Diagnosis and Therapyとも呼ばれます)では病歴は詳細にお伺いし、画像所見もある場合には参考にはしますが、評価の考え方は常に変わりません。この一貫した考え方で脊椎から順に評価していくプロセスには無駄がなく、結果として問題解決の近道となる場合が多いのです。