一ヶ月ほど続く股関節の痛み、膝も痛くなりました
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は左股関節の痛みで来院された80代女性のお話です。
一ヶ月ほど前から、ふと左股関節が痛いことに気づきました。その後まもなくして左ひざも痛くなり、続いて右膝も痛くなりました。思い当たることといえばお孫さんが来て世話することが増えたくらい。といっても、重労働ではなく、休みたいときに休めないという程度のことでした。お近くの整形外科にかかり単純X線写真を撮影され、レントゲンは大した異常はなく、今の痛みは筋肉痛だろうとの診断で、痛い部位に注射をしてもらったのですが、痛みは全く変わりませんでした。翌日再び受診したところ、今度はMRI検査を受けた結果、骨がスカスカだと言われ、今の痛みは骨粗鬆症のためだと言われたのですが、心臓の疾患などでかかりつけの内科にかかってそのお話をされたところ、骨粗鬆症の痛みではないのではないかと疑われ、今回の受診となりました。
診察室に入って来られるときも、痛みをかばってのように、やや用心しながら歩いている様子が伺えます。
念の為、単純X線検査を実施しましたが、左の股関節には比較的形状の保たれた大腿骨頭壊死後の関節裂隙の狭小化など変性所見があり一般的には変形性股関節症と言えますが、変形はこの一ヶ月に起こったものではありません。
腰痛などは全く無いのですが、股関節や膝の症状であってもマッケンジー法では…そう、腰椎から評価します。
えっ、レントゲンで左股関節の変形があるんじゃ?と思う方もあるでしょうか。
実は変形のある関節が必ずしも痛くないことは臨床的にはよくありますし、そのことはすでに複数の研究で調べられていて画像上の異常所見が必ずしも症状の原因となっているとは限らないということはすでに知られています。(※参考文献1)
まずは立った状態で腰椎の可動域を確認しますが、伸展(腰をそらす)がかなり制限されていて、腰の左側に6点の痛み(考えうる最大の痛みが10点満点として)があります。腰を横にずらす動きでも左股関節に5点の痛みが誘発されます。
(ROM EXT 重度制限 腰左に痛み 6点、RSG 左股関節痛 5点)
椅子から立ち上がるときに7点の痛みがあることも確認できました。
座っている姿勢がやや猫背な状態ですので、1分ほど姿勢を矯正保持してみます。
もう一度立ってみましょうか
あらっ、さっきより痛くないです
何点くらい?
4点くらいですかね…
(姿勢矯正保持 B、立ち上がり時の痛み NRS 7 → 4)
良い印象ですので、引き続き座ったまま腰椎の運動をしてみます。
しっかり背を反らしてまただらりと戻ることを10回。
今は右膝が痛かったです
(反復SOC 10回 B NRS 4 → 3 右膝痛)
ご高齢ではありますが、比較的お元気なので、今度は立って腰の伸展をしてみます。
腰を伸展するときに腰の左側に痛みがありますが、戻ったら痛みは残っていません。
続けてみますが、毎回腰の痛みがありますので、今度は腰をデスクに収納した椅子の背もたれに腰をもたせて同じように腰を伸展してみます。
腰の痛みはどうです?
こうすると痛くないですね
そのまま10回続けてみます。
ちょっと足踏みしてみましょうか
今は1点くらいですね…さっきまで脚がこんな上がらなかったんです!
(反復EIS 椅子の背もたれ 10回 B)
単純X線写真には左股関節の変形が明らかにありましたが、腰椎の伸展を繰り返したところ、良い反応が得られました。膝については画像所見は確認していませんが、年齢的におそらく変性は大なり小なりあることでしょう。
もちろん、変形がある関節については、その変形が強くなればなるほど症状も強い傾向にあるという当たり前のような報告もあります。しかし、実際には必ずしも症状と画像所見とは関係ないということも報告されています。
ではその痛みは何なのか。
2020年に発表されたEXPOSSという研究結果報告では、四肢の様々な痛みの約4割が脊椎に関連した痛みであったとしています。(※参考文献2)
股関節や膝が痛い時、本当にその関節の病変が痛みの原因になっているのか…。それは姿勢矯正や持続・反復による運動負荷により症状がどのように変化するのかを評価してみないとなんとも言えないのです。
【参考文献】