親指を牛に蹴られた後に痛みが続いています
整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもある私がどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は右母指を牛に蹴られた後に痛みが続くということで来院した40代女性のお話です。
酪農家の方で、1年半ほど前に、右肩の症状が頚椎のエクササイズで改善したことがあります。
最初は頭を前に出すエクササイズで症状が改善し、後に顎を引くエクササイズにかわりほぼ完治して終了となっていた方です。
今回は2週間ほど前に、牛の世話をしていたとき、牛の蹴り上げた足が右母指に当たって、その後の痛みが続いていて、だんだんと手首や肘のあたりも痛いような気がしてきたため来院しました。
最初はもう少し腫れていたようですが、今は左に比べるとわずかに腫れているかなという程度です。
ペットボトルの蓋を開けるときなどに親指に力をいれると母指の橈側(手の親指側を橈側、小指側を尺側と呼びます)に6点程度の痛みが走ります。
お話を伺っていると、2週間ほど前から、首の痛みが少し出てきていたので、ここで教えてもらったエクササイズをしていたと言われます。
母指の動きは良好ですので、骨折などの心配はなさそうに見えますが、右母指は以前にも牛に踏まれたことやひどい突き指をしたこともあるようで、単純X線写真も確認してみました。
MP関節と呼ばれる母指の付け根の関節に軽度の変性所見を認めますが、今回の外傷によると思われる所見はないようです。
2週間前からやっていたというエクササイズを確認してみます。
こうやって顎を前に出すのを繰り返した後に、顎を引くのをやってました
たしかに、このどちらの動きも右肩の症状を軽減するときにやったことのあるエクササイズだったのですが、このあたりが時に勘違いされるところです。
マッケンジー法ではその時の症状をモニタリングしながら様々なエクササイズを行うのですが、正反対の動きを同時期に行うことはまずありません。もちろん、なんの症状もない人が、自由にストレッチをすることには全く問題ないのですが、曲げたり伸ばしたりのように反対方向にもバランスをとった健康な人向けのストレッチと、何らかの症状のある人に対して行うある一定方向のエクササイズとは考え方が全く異なります。
現在はじっと座っているだけでも、右の母指から手首あたりに重い感じがあり、ペットボトルの蓋開けは6点の痛みがあり開けられません。
少し頭が前に出ている姿勢を矯正して1分ほど保持してみます。
さっきの手の重い感じは今はどうです?
…今は…ないです
(姿勢矯正保持 abolish じっと座っているときの右手の重い感じ)
頚椎動きには特に問題ありません。
しっかりと上を向いても気分が悪くなったりしないことを確認した後に、頚椎を伸展する動きを5回繰り返してからペットボトルをもう一度持ってもらいます。
蓋をあけてみましょうか
さっきよりだいぶいいです……3点くらい
(RET+EXT w/op self 5回 3点 B)
さらに5回、しっかりと伸展してもらいます。
あっ、少しだけ痛いけど開けられました!
何点くらい?
1点くらいかな……人の体って不思議ですね。今回は首とは関係ないと思って来たのに……
(RET+EXT w/op self 5回 1点 B)
そして、ふと気づいたように、
そういえば、首の痛いのも今は無いみたいです……
以前は右肩の症状が頚椎のエクササイズで良くなったのですが、今回はさすがに牛に蹴られた後だったこともあり、まさか頚椎のエクササイズでよくなるとは思わなかったようです。
これまでも似たような「外傷もどき」のお話をご紹介してきましたが、このように明らかに捻った後に、あるいは打った後に続いている、一見すると手足のケガの痛みが続いているような場合でも、脊椎が関連していることは少なくないのです。