case_245 腰痛

一年前から続く腰痛

整形外科専門医であり国際マッケンジー協会認定セラピストでもあるがどのようにマッケンジー法による患者さんの評価・治療を行うのかをご紹介するマッケンジー法・症例ファイル。
今回は長引く腰痛のため来院した60代男性のお話です。

腰痛になる少し前から、両足がよく攣るようになったようです。週4〜5日程度は足がつる日があり、夜寝ていても足がつって目覚めることも多く、内科医院で芍薬甘草湯(筋肉の痙攣などに使われる漢方薬)を処方されて、ときに服用しています。

1年ほど前から徐々に腰痛を覚えるようになりました。最近まで支援員をしていて、小学校の低い椅子にすわって腰を悪くしたのではないかと感じています。

整骨院に通ったのですが治らず、別のリハビリのできる病院に通いましたがそれでも治らず、糖尿病でかかりつけの内科先生にそのことを話したところ、当院をすすめられて来院しました。

家ではよく映画を見るそうで、だらりとソファに座る生活のようです。

重いものを持つときや運転をするときなど腰の痛みを意識します。
日によって痛みの程度は良かったり悪かったりで、今日は比較的良いようです。痛いときは7点(考えうる最大の痛みが10点満点として)ほどの強い痛みを感じます。

腰痛は真ん中より少し左側でレベル的にはL4の正中から左に5cmほどの比較的はっきりとした痛む場所があります。

姿勢の矯正をしてみますが、姿勢による影響はあまりはっきりしません。

腰椎の可動域検査では、いつも痛みを感じる部位は今日はさほど痛くないのですが、腰を横にずらす動きで左大腿内側に7点の痛みが誘発されます。
もう一度同じ動きで再現性があることも確認できました。

(ROM LSG 左内股に7点の痛み)

診察時点では腰痛は比較的軽いので、この内股の痛みを主なベースラインとして評価を続けます。

これまでの聴取されたことと評価内容を参考に、立ったままでしっかりと腰を伸ばしてみます。

B男さん
B男さん

これは痛くないですね

特に問題ないようですから、10回続けてから伺います。

佛坂
佛坂

もう一度さきほどの腰を横に動かすのやってみましょう

B男さん
B男さん

さっきより痛くないですね

佛坂
佛坂

さっきは7点でしたが、今は?

B男さん
B男さん

3点くらいです

(EIS 10回 B 3点)

いい印象ですから、さらにしっかりと伸展するやりかたをご説明して10回。

佛坂
佛坂

もう一度、横に動かしてみましょう

B男さん
B男さん

今は…全然痛くないです!

(EIS ER意識して 10回 abolish B)

もともと気になっていた症状ではありませんが、本日一番はっきりと感じられた腰を横に動かすときの左大腿内側にあった強い痛みが著明に改善しました。
いつもの腰痛についても少し改善しているようですから腰椎の伸展エクササイズを宿題にしました。

そして一週間後。

B男さん
B男さん

もうほとんど良くなりました!

もう一つお困りだった夜に足がつるのも頻度、程度が減ったようです。

エクササイズはかなり頻繁にやったそうです。そのやり方について質問がありました。

B男さん
B男さん

どのくらい長く腰を伸ばしてから戻したら良いんですかね?自分はこうやって伸ばしたところで10くらい数えてるんですが、それでいいんですかね…

佛坂
佛坂

具体的な時間は決めてないですが、大切なのは「できるだけ」というところです。ここが9割に終わる人が多いので、そこに気をつけてください

今後も日常生活の気をつけるべきことやエクササイズを継続することの大切さをご説明して卒業とすることにしました。

B男さん
B男さん

一年も悩まされてきたんですよ…

一年前から続いていた腰痛と聞くと、すぐに「慢性腰痛」と呼びたくなりますが、お話をよくお伺いしてみると、日によって痛みの程度は様々で、痛みをあまり感じないときもありました。

腰痛診療ガイドラインの定義によると、発症からの期間が3ヶ月以上たっていますから慢性腰痛のカテゴリーに入ります。慢性腰痛となると、疼痛診療に従事している医療関係者の中には心理・社会的因子の関与はどうだったのか?そう考える人もいらっしゃるのではないでしょうか。

しかし今回、情動面の評価など一切することなく淡々とマッケンジー法により腰椎の運動に対する反応を見たところ、一年続いたという腰痛が鎮痛剤など投薬することなく、腰椎を伸展するエクササイズを一週間続けただけで著明に改善しました。

マッケンジー法による診療を日々行っていると、長年続く疼痛に悩む患者さんでも、今回のように短期間で症状が改善することも少なくありませんから、慢性疼痛のカテゴリーに入る患者さんの診療に臨む時、もしマッケンジー法による評価を未だ受けたことがないのであれば、情動的因子の評価よりマッケンジー法によるメカニカルな評価・治療が優先すると思うのです。

私は、この方の腰痛は「慢性腰痛」ではなく、「適切な体の動かし方により治るポテンシャルがあるのに治る機会を得なかったために続いた腰痛」だと思うのです。しかし、このような適切な動かし方により改善する腰痛の概念は腰痛診療ガイドラインにも書かれていないところをみると、一般の方々にはもちろんのこと、腰痛診療ガイドライン策定にあたった腰痛のエキスパートの間にもまだ知られていないことなのかもしれません。


マッケンジー法・症例ノート【完全版】ペーパーバック版

マッケンジー法・症例ファイルでご紹介してきた様々な症例の中から32話を選び、私の診療の様子をそのままご紹介していて、一般の方から医療関係者、MDTセラピストの方まで広くマッケンジー法に触れられる今までになかったタイプの一冊。一般の方にも読みやすいように医学書のような難しい表現をできるだけ避け、ブログでは割愛しているマッケンジー法特有の表現などは別枠にイラストと解説を入れるなどしています。
腰痛に限らず、いろんな痛みが意外な経過で改善する、そんなマッケンジー法の世界を体験できる一冊になっています。

マッケンジー法・症例ノート【完全版】: 整形外科医が自ら実践するマッケンジー法